、プロテスタントでしたが、ルッター派が、旧教に対して、「僧侶の敵」たる自説を強調する余り、ひどい宗派主義にかたまっていて、聖書にかいてないこと――地球は自転するという事実――を科学者が研究するなどということはひどい反対をうけ破門され故郷の大学にはうけいれられなかった。こんなことも、ルネッサンスを皮相に考えては、変な、わからない暗さでしょう。
 このケプラーの時代は雄渾な才能の時代でガリレオ・ガリレイはケプラーの地動説が本になったとき、ラテン語の手紙をよこして、自分は同じ考えであったが、発表する勇気がなかった、とルネッサンス本場のイタリーから書いてよこして、ケプラーから却って、先生ほどの世界の誇りたる学者が、何でそれを御憚りになる要がありましょう、神の創造は完き調和にみちて居り、それを明らかにしてゆくことこそ神への最もうるわしき献身でありますという鼓舞を与えています。ガリレイはそれで力を得て発表して、ああいう始末になったのではなかったかしら。その点、ガリレーもケプラーも、其々の居住地の特性をすこしあやまって考えたのでしょう。ケプラーは小さいドイツの諸公国領をあちこち追われて転々としてプラ
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