新しさということについて考えます。まだ、何でもなく書いて実に深い感銘とスケールとを示すような感情の質が、もたらされていないというわけでしょう。したがって、文学の新しさというものも本質はそこにかかっているところがあるわけです。漢文調の人生感、且つ人物完成というものは油断なりません。これは、まだまだ私に宿題を与えて居ります。日本文学は漢文調を脱却しなければならないのですから。
九月二十日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕
九月十八日
大人たちは皆居なくて、庭で太郎とその弟分たる隣のミチルちゃんという子供との声がしています。私は風邪気で、妙な顔をして居りますが、面白い本を読んで亢奮を覚えているところです。
その話の前に一寸した物語があります。それは「二輪の朝顔の花について」です。この頃咲く朝顔が花輪は小さくて葉がくれがちながらも、真夏よりは一層色が濃くなりまさっているのを御存じ? そういう朝顔が一本はそのつるのよこに濃藍の花をつけ、他の一つはそれより柔かいすこし桃色がかった花をつけています。二つの鉢が並べておいてありました。ふと見るとね、濃藍の花がいつの間にか薄桃色っ
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