配合の物語ね。
 因果というようなモティーヴを兄妹の恋という形でつかまえるのは東西同じね。歌舞伎のお富と切られ与三郎の芝居で、お富は自分を救ったのが兄と知らず、どうして落城しないかと盛に手管をつくし、あんまり固いのでやけで与三といきさつを生じ、旦那たる兄から打ちあけられる場面があります。でもそこが日本の世話もので、金髪の騎士のような手のこんだ魔法は作用していないから、お富が「因果のほどもおそろしい、わたしゃあまあ穴でもあったらほんに入ってしまいたい」と袂で顔をかくすところを梅幸はうまくやりました。あの物語はドイツの空想の特徴が出て居りますね、風景の描写にしろ。面白いけれど、好きというのではないことねえ。きょうはこれからひるねをいたします。

 九月十四日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕

 九月十四日
 きのうは、あんな装束で、お笑いになったけれども、帰りは大した降りで、すっかり体まで雨がしみとおり、顔を流れて、前方が見にくいほどでした。眼鏡はいろいろのとき不便ね。雨のしぶきが傘の布地をとおしてこまかくついてしまうのよ。
 一般に女の装は随分かわりましたが、特にこの一ヵ月
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