して幸福をつかまえて見よ、という境地に立っていません。勿論そこまで行くのは謂わば一つの禅機です。底を抜いたところがいります。娘さんの人柄に対してそういうのも無理かもしれません。しかし人生はそういうものよ、ね。そこに千年《ちとせ》の巖があるのです。巖に花も咲きます。つながりの工合だけで決定されてゆく人生というものは、謂わば果敢《はか》ないものですね。
 現実に身のふりかたをきめるとなって数々の困難のあることもよくわかります。身をすててこそ浮ぶ瀬もあれ、というのは古今集の表現で、時代的なニュアンスが濃いが、最も勇猛的な解釈もつくわけです。それに、そこまで自分を鍛えられるほどの底深い情熱をもち得る対象にめぐり合えるか合えないかということもまことにこれこそ千に一つの兼ね合いですものね。めぐり合ったとき、どうせ自分は未熟きわまるもので、もしもその対手がそこに可能を見出さなければ、それきりのことですもの。相互的というところもあるにはありますけれども。
 きょう、かえりに、あの辺はお祭りで、町の神輿《みこし》を献納するための最後の祭りでした。花笠だの揃いの法被《はっぴ》、赤い襷の鈴、男の児の白粉をつ
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