がその蘭の花の美しさを描くに全く気品たかくて、燦然ときらめく花冠を光のうちに解放しているだけで、ありふれた蝶や蜜蜂をそのまわりに描いていないことです。古い美味な葡萄酒のように花の姿はかっちりと充実し、舌の上に転ばす味の変化をふくみ、雄勁です。花への傾倒は感傷するには余りゆたかという風趣なのです。その味いも決してゆるんだ芸術品には見出せません。健全な大きい陶酔が花をめぐって流れ動いていて、それは自然そのままの堂々とした横溢です。
雨あがりの午後の光線は、この詩の中のとけた金色に似て樹の葉の上に散って居ります。私は自分のゆるやかながらつよめられている鼓動を感じます。
伸々と横になっていらっしゃるあなたの手脚に、こんな一篇の詩の物語はどんな諧調をつたえるでしょう、それは気持のよい掌のようであればいいと思うの。
八月二十九日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕
八月二十九日
きょうは、はじめて午後の二階が八十六度足らずです。庭で、ホラホラ鬼《オニ》(蚊のかえりかけ)とボーフラ、グロッキーになった! と太郎と咲枝の声がしています。防火用の大きい大きい桶の水が青桐の下に出来
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