度です。そちらもお暑いことでしょう。でも、風が通りましょうか。あなたの昔々のテニス用シャツがこんなに便利に私の役に立つとはお思いにもなれなかったでしょうね。襟をすこし小さくして、袖を短かくして、浴衣のビロビロしたのとは比較にならず楽です。木綿の単衣が段々なくなって、結局又十年前のスカートとブラウスになりそうです、少くともうちにいるときは。お元気で。
八月四日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(鎌倉建長寺の写真絵はがき)〕
八月四日
建長寺でしょう? 葛西善蔵がいたというところは。昔、鎌倉の明月谷というところに一夏いて、小説かいていたことがあります。そのとき、建長寺も見に行ったのだけれどこんなお寺ではなかったわ。きょう、冬から早春にかけてかいた詩をよんでいて、「祝ひ歌幾日をかけて」という歌をよみかえしていたら、そこに「口紅水仙」の詩のこともかかれて居りました。四季咲きの花は、夏も爽快な驟雨のもとに、水しぶきに濡れながら、花びらにおちるしずくの粒をよろこぶように揺れ咲く様子を、思いおこしました。葉がくれの一本水仙、ほのかなる香に立ちて、という風情。
八月四日 〔巣鴨拘置所の
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