や、私たちの貧乏は分りつつ、ユリ、とお考えになると、何だか福相がかって感じられる、という笑止な滑稽或は習慣があるのではないかしら。どうかして、私は、自分の福相が、そういう由来ではなくて、もうすこしは広い、そして形而上の理由によって、明るく、笑いと確信とを失わないものであるということを、くりかえしなく、明瞭にしたいものです。私のぐるりについてジリとなさると、いつもそれが私に向って出るというのは何だか、しょげるわ。これは真面目よ。その危険のある環境についての、いつも新しい戒心という意味では勿論十分傾聴いたしますけれど。社会事情の急な変化は多くの人々を、金銭について淡泊にするよりも、敏感にさせます。フランス人が、あの度々の政変を経て、金銭に対して敏捷になって来ている伝統は、先日緑郎からの手紙にもうかがわれます、戦時の闇生活がはじまってフランス人の富の奥ゆきの深さが分った由。バルザックをよんでいるから、実に合点出来ました。こちらでも、そういう経験の初年級がはじまっているわけでしょう、私たちの考えかたは、暮しかたは、逆です。フランスでは市民の90[#「90」に「ママ」の注記][#「90」は縦中横]割が、いつも金利を考えていて、年金を失わせさえしない政府なら我慢してやる、という風だか[#「か」に「ママ」の注記]、フランスが経験の多様さにかかわらず、足ぶみをして、観念の上でだけ多く奔放であったのでしょう。バルザックの金銭世界について、一般に十九世紀からの近代経済が云われるけれども、フランスという個性も亦加っているわけね。城《シャトー》に住んでいたバルビュス。でもつまるところ私はよろこんでいいのであると思います。躾というものは、まだ育つものにしか誰もしようとしないものですものね。わたしの旦那さまは、きっと随分上手な躾けてというわけでしょう。そして、大きないい音を立ててスパンクを与えるべき箇所と場合をよく御承知というわけでしょう。
 風邪をお大切に、きのう防空待機の間にあなたの手袋を修繕し、それは全く愛国的手袋となりました。資材欠乏に全く従順という意味において。

 十二月五日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕

 十二月五日
 二日づけのお手紙ありがとう。このところ連日爆撃という形ですね。あなたの丸薬は、笑ったように、正真正銘まがいなしの良薬にちがいありません、糖衣もなければ、大きさも、これは必要、というよりどころからだけ丸められているし。
 ケロリ式の子の首ねっこつかまえて、その大きくて苦い丸薬をのませる仕事をさせて相すみません。でもね、あんまり丸薬が大きいと、のどを通すのに目玉を白黒させるから、先ずのむとやれと、ぼんやりしてしまうということも起るのよ(これは、又忽ちケロリになるということではありません)後世のひとがもしこういうあなたのお手紙をよむことでもあったら、ユリは何という気の毒な、だらしなしと思うでしょうね。駑馬《どば》の尻に鞭が鳴っているようで。まあそれもいいわ。
 御注文の本で、新本で買えないのは古本で見つけて貰うよう注文してあります。プルタークも、「風と共に」、も「新生」も。「新生」はこんど出る全集の中にあるでしょうからもしかしたら買えるが、ひどい売り方をするのでしょう。未亡人が物質的に大した人で総領息子と版権のとりっこをしているから、全部予約とでもいうことにするかもしれませんね。まだわかりませんけれ共。
 普通の暮しかたとちがう生活では、私が事務的な正確さをもたなければ、生活全体が堪えがたいものになることはよくわかっていて気をつけているつもりでも、何年たってもあなたに云わせることは同じというのは、閉口です。お手紙よんだり、おっしゃることきいたりしてつくづく思うのよ。あなたにしろ、私がやっと一人ですこし永く電車にのれるようになって、三四年ぶりに、友達が、生きかえり祝いによんでくれたことは、やっぱり其はよかったと云って下さることにちがいありません。ところが、用事が大切だのに、徹底させなかったばっかりに、遊ぶに忙しくて、遊ぶ段どりだけはチャンチャンして、とそういう表現は、私の皮膚の上にピシリピシリと音を立てるわ。
 自分があなたであったら、必ず同じように感じるでしょう。扇だって、要がなければ御承知のようなものになってしまうのだから、無理もないことです。即ち、益※[#二の字点、1−2−22]私がしゃんとしないとこうだぞと思い知る次第です。
 健康な(になってゆく)人間の生きかたというものは面白いものね。私が自分の弱さを忘れて、うちのものに云われるように、あなたも私の半人前のことは何となし忘れて、全く一人前分の槌をうちおろして下さいますね。それで丈夫になってゆくのね。病気のお守りをしないで行くわけです。体が十分丈夫でないと
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