上、紙なしですから、いずれにしろごく内輪なことにしかならないでしょう。しかし冬にでもなってもうすこし体がしっかりしたら一日に時間をきめ仕事をはじめたいと思って居ります。八月末に大東亜文学者大会というのが(第二回)開かれ、支那の婦人作家が一人来たのを吉屋信子の家へよんで、婦人作家たちが「小さいお友達」のように(新聞の表現)歓談したそうで、写真が出て居りました。女の作家も外交官の下っぱの細君が考えたりやったりする位のつき合いかたを学んで来たのは結構かもしれませんが、文学の話は「小さいお友達」では無理だったのでもありましょうか。支那の文学と婦人の作家のことも私は本でわかる範囲だけでも知りたいと思って居ります。そんなことも冬になって疲れが直ってからのたのしみです。小説も。今は全く夏の疲れが出て居て意気地なしのところ。今日あたりからノイザールという燐剤の静脈注射をはじめます。神経にすこし肥料をやって眼の方をよくしたいし、頭のてっぺんの疲労感をとってしまいたくて。これまで、私は余り気分よい頭でありすぎたのかもしれないことね。その爽やかさ、疲れなさを忘れられず、どうしてもそこを標準にして健康をはかるものだから。
きょうは、それでも思いかけず、愛用のボンボンが手に入り、これで当分しのげるとうれしゅうございます。あんまり久しぶりで口にふくみ、感動が深すぎて、あとからやっと味がわかるという工合よ。病気以来はじめてですもの。薬屋さんは親切に心がけ、いろいろ気を配ってくれていることはよく分って居りましたが、配給に時があるし、あの原料は貴重でなかなかなのです、御存知のとおり。私の体によくきく燐を主とした薬は全くこの頃欠乏です、どこにどう使われるのかしら。
あなたがひどく憔悴なさらないうちに熱が落付いたのはほんとに何よりでした。前に体がいくらかしっかりしていらしたのも大助りでした。
何と云っても体重も減りつかれていらっしゃるでしょうが、そろりそろりととりかえして行きましょう。これからは凌ぎよくもなりますし。
でも、よかったことね。あなたは熱病をなさりやすいかと思って全くはらはらいたしました。隆治さんの無事なのもうれしゅうございました。きっとあのひとは一ヵ月に一度は書いているのでしょうが、こちらへ着く分が間遠くなるのでしょう。送るものそろえます。
『重吉漂流記』お送りいたします。弁次郎の方はよほど以前どこかの本やから出て、今は古本でもあるかしら。いつだったか叢書のように日本の海外漂流記と外人の日本漂流記とが出版されたぎりです。今なんか面白いでしょうのにね。本屋がつぶれたのかもしれません。
おかしいこと。きょうはまだ眠いというのはどうしたわけでしょう。これを書いたらちょいと枕を出して、コロリとなり又眠りましょう、今週は月曜以来きのうまで割合出る用がつづいて疲れたのかしら。
夕立があんまり見事に雄大で、それにうたれすぎたのかしら。露の重さというわけなのかしら。
わたしのもんぺ姿は、丸さはともかくとして好評ですが、御感想いかが? これからはああいう風体のことも珍しくなくなることでしょう。帰りに靴を買いました。サメの皮よ。それで雨に弱いって可笑しいと云ったら曰く「やっぱり皮んなっちまうと駄目ですなア」
九月八日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕
九月八日
さすがに八十度を越しても二三度という涼しさになりました。でも湿気のひどいこと。この頃は湿っぽさでやり切れない方です。
先週は疲れが出てひどかったが、今週になってよほどましになり、尿もいくらか澄んで参りました。
あんな位病気をすると、二三年は夏を特別用心するべきですね、来年は事情が許せばそのつもりでかかりましょう、今年は用事をぬきにしたって、私として何ヵ月も東京を離れる心持になれないところもあったわけです。一年近く御無沙汰した揚句には、ね。
この頃は光線の工合がよくて、余り疲れていないと新聞の字もよめます。そして、これは大変私の毎日をたのしくいたします。何しろ今の世界の面白さこそかかる世に生れ合わしたる身の果報というべきところがあって、新聞は今の新聞なりに面白うございますから。本当に丈夫になり、眼もはっきりさせ、世界歴史の面白さを、面白さとしてうけとれるだけ丈夫になっていたいと思います。面白さの反面にある大した困難は明らかなことであり、あんまり自分の巣についてぬくまった人々は、そういう変化から又刺戟をうけて、本来の雄大な動きを見失うようですから。
しかしながら、其につけても思うのは、一貫した生活態度――よく現実を見て、活々とそれに対応して、しかも原則をもった生きかた――のつよさ、効力、自立性というものを痛切に感じます。
一つ一つよせてはかえす波にばかり目をとられず、潮を
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