立つか甚だ心許ない次第ですが、おっしゃる通りにして届けます。森長さんのところへ電話したら、丁度そちらへ昨日行ったということで、いろいろおわかりになりましたでしょう? 倉庫の鍵がどうやらこうやらしたのだって。笑ってしまった。寿江子もよくこういう智慧を出しますが、普遍性のあるものなのね。そのときの調子で、この前音沙汰なしをどうしたかと思っていたことも、あれでいいと分りましたから、どうぞそのおつもりで。挨拶をなまけただけでした。そう云って詫びて居ました。『文芸春秋』、『文芸』等、やっぱりまだでしょうか。『日本評論』は八日にもうとっていらっしゃるのね、前後して余り時をへだてず、『文芸』だけはすこしおくれ(自分が一寸よみたくて)みんなお送りしたのでしたが。先週、『週刊毎日』は買えなくて『朝日』だけでした。『毎日』はまだ手順がちゃんとしなくて定期的に買えず、駅のスタンドへ人をやるので一寸のことで買いはぐります。『独語文化』は妙です。全く先月末に出ているわけなのに、本やはもって来ない、きっと本やが買いおくれたのでしょう。発行所へじかに云ってやります。そして、そちらへじかにお送りするよういたします。
『日本評論』、『文芸春秋』みんなそうしましょうかと思うが、自分も一目みたく。少しずつおくれるの御辛棒下さい。
小説のこと、お心づきありがとう。お手紙を頂いて、なお考えたのですが実際上のこととして、やっぱりあなたも承知していて頂かなくてはならないのだろうと思われます。文芸家協会は一昨年だかに、ああいう名にかわり評論家協会も変って言論※[#二の字点、1−2−22]※[#二の字点、1−2−22]会というのになりました。婦人作家たちが日本女流作家の会というようなものを作ってガタガタやりはじめたが、それも文報の中の一セクションとなっています。言論※[#二の字点、1−2−22]※[#二の字点、1−2−22]会の方は文学の方より種々の働きが内部にあると見えて、評論家協会としては私のところに来ていたいろいろの会員への義務も、すっかりやめてしまいました。文学の方で、それをやらないのはめっけものというべきでしょう。一つの職能組織風になって、(この頃)そのうごきはいろいろ無駄はあるが、そして、文学の本質的なものを発展させるに夥しい錯誤もしていますが、私のようなむつかしい立場のものが、自分としてそんなものにしろ、それからはなれてしまうことは、これから最小限の仕事してゆくためにも不便だと思います。文学として作品を評価して、そこに今日の制約はあるが、落すべき作家でないとして、作品をあつめる中に加えるようなとき、私はやめます、というのは、予想するより困難な影響を生じます。編輯者が、私の作品をのせたくても、そういう集からもオミットになっているのだから、ということが、一つの躊躇の動機になり、のせさせたくない人の口実となります。ひどい作品は書きたくないし、何かの目的のために、人生を歪んだ鏡に映すこともこまるし不可能ですが、自然にかいた作品が今日らしいいろいろなものの中に伍してあつめられ、発表されてゆくということは避け難いでしょうと思われます。
多くの作家が現地へ行って来ていることは、文学の上に面白い結果を起しています。みんな(下らない文筆屋は論外として)文学への新らしい愛着、文学とビラとのちがい、文学の精神の恒久性などを感じ直している様子です。一層文学のよさ、文学の文学らしさを求めるようになっていて、これには当然心理的なリアクションがあり、それが又彼等の伝統による情緒性へよび戻して或る意味では退嬰にも近づくのですが、精神と心情の誇張ない稠密な美への憧憬がつよく起っています。ひところ、文学の仕事をするものは、彼等の神経質さと、社会的未訓練から亢奮して、心の肌目の荒びた、強引な、力《ちから》声と称する蛮声をあげ(詩人はまだその時期にいるが)ましたが、この頃はいくらか平正心に戻りかかってもいます。それに、一つああいう文学者の集団で、企画的活動をしている人というのが、何というか、つまり、体のマメなわりに頭の刻みめは浅いというのが、いずこも同じ例でしかも、総元じめの場所に制服をつけている人は、文学を方便以上に理解しなかったりして、企画に悲喜劇を生じるのです。しかし作家は、何かの形でそんな波にももまれつつ、しかも自分の船の舵はとりちがえず、帆は決して畳んでしまわず、あれをあげこれをあげしつつ、航海をつづけてゆくのだと思います。千石船が徳川時代にグリーンランド迄漂流しつつ決して壊れてしまわなかったということを面白く思います。千石船はその位の組立てをもっていたのね。昔広津柳浪が、日露戦争前後からちっとも作品をかかなくなってしまった、発表もしなくなったということの動機は何だったでしょう。或るとき
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