つのですものね。
 大きい智慧、ぬけめない配慮、天使の頬っぺたのような天真爛漫な率直さ。
 バルザックを読んで、いろいろ考えます。そして本当のフランス文学史は少くともまだ日本文ではないと思いました。「現代史の裏面」これにはディケンズがフランスに与えた影響について考えさせます。今よんでいる「暗黒事件」は、ナポレオン時代というものの混沌さ、あの時代からあとに出来た所謂貴族[#「貴族」に傍点]のいかがわしさが、おそろしく描かれています。フランスが、亡命貴族の土地財産をこっそり或は大ぴらに買い取った二股膏薬どもを貴族として持っているからこそ、あの一方から考えると奇妙でさえある伝統の尊重、本当の貴族への評価があって、しかも貴族[#「貴族」に傍点]はいつも競売にさらされているようなわけだと分りました。
 この前、ツワイクがフーシェという人物をかいている、そのもとがバルザックだということお話しいたしましたね、この「暗黒事件」にタレーランやなどとフーシェが出て来てフーシェに巻きついて血をすった最後は伯爵某が、小説の奸悪な、向背恒ないナポレオン時代のきれ者たるマランとい主人公です。
 フーシェは、バルザックの方が生きた大した冷血漢、非良心な政治家の典型としてかいて居ります。ツワイクはセンチメンタルです。フーシェという冷血な裏切り者、奸策という風にしか明察も明敏も作用しない男を、裏切る情熱しか知らない、謂わばプレドミネートした力に支配される人間という、観念的なみかたをして居ります。バルザックの方が頭脳強壮ね。フーシェをひらく合鍵というようなものに拘泥しては居りません。山嶽党の失墜、火の消えかかる時代、ナポレオン、ブリューメル、イエナの勝敗と、たてつづく大動揺のフランス政情の間に、いつも内外に機をうかがっている亡命貴族、それが戻って来て、自分の掠奪物をとり戻すことをおそれている所謂共和主義者たち、恥などというものの存在しない保身術などの恐ろしい迅風の間に、いろいろの歴史的うらみや背景が一人の出世の道にたたまって来ているという風なフランスの当時で、(ギヨチンに賛成しないと命が危い、一寸たったら、その時代のその身の処しかたが物笑いになる(ナポレオン時代)更にそのはじめのことで、命があぶない(王政復古)というめまぐるしさの間で、)全く冷静な、純情など薬にしたくもない政治家のフーシェ、タレイラン
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