ういう大仕事になると、動物的な絆、親子、夫婦の或面が大したものの役に立たなくなって、もっともっと高い人間らしさ理性による尺度のあてがいかたや処置しか、力とならないというのは。私は其を最近の何年間のうちに学んだわけです。こんなわけで、この頃私の手紙には、ゆるやかなリズムよりも、畳みこんだもの、かすかな苦渋というようなものが流れるわけです。そしてあなたにも人生のほこりをあびせ申すことになります。
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〔欄外に〕
 二十二日(月)そちらの防空演習、二十三日(火)休日、二十四日(水)林町の防空演習、二十五日(木)になります、朝行きます。
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 十一月二十五日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕

 十一月二十五日
 二十二日づけのお手紙をありがとうございました。夏以来、いろいろとこまかいことの含まれているお手紙で、うれしく拝見しました。そうね、いつも私のびっくり加減は、あなたに、途方もなく思われる程度ですね、事、あのひとに関すると。何故そうかと考えると、第一の原因は、私として非常に密接な、血肉的な生活の時期と結びついているものだからなのね。一つ一つのこまかい情景さえ、春のある冬、という詩のディテールが私の生活というよりも生存にしみついているとおり、私のこころに刻まれていて、冷静にみられないのよ、多分。そしてそれは、そうだろうと、同情的に同感されるにしろ、大局には、やはりいく分愚かなことなのね。生活の様相の推移というものの苛烈さに対して、未練がましい気持であると申せましょう。あなたが僕にはよく分らないとおっしゃるのは自然ね。そして、自分に親近なものが、程度を超えてとり乱したりするのを見るのは、いい心持でないのも自然です。
 私は、しかしあのひと以前に、自分から友達と思って生活全般で近づいたというひとがなかったでしょう? それも私としては弱点となっていたのでしょうと思います。まさか、仲よしな筈なのに、ひどいわ、という女学生の気でもないのよ。こういう面でも一つの修業をいたしたわけです。すべての修業がそうであるように、一つも甘やかされずに、ね。十分に自身の好意も憎悪も反省も判断もこきつかわれて。その収穫が、友情というものからの収穫であったということを学び、もうさっぱりして居ります。その気持は、前の手紙でかきましたとおり。最後の級
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