、子供のためにあったような生活の気分がガラリと底ぬけになるのね、自分の生活の根拠があるのではないのですし。ドイツが一九一四―八年の間に全くデカダンスに陥ったという小規模の心理的見本です。苦痛や困難を背中や肩で支えて来たことのない人間のまことに脆い場合です。
 同情よりもよく話し合い、処置を自分で自分に見出させなければならない時期です。わたしはこまかく心持の分析を話してやります。彼女は寿よりずっと正直で、真率ですから(今)自分の気持を一つ一つ照らして理解し、考えます。そこまでやって来ているのよ。さて、もう一段厳粛にこの人生というものを感じ直し、うけとり直させねばなりません。良人というものが、この仕事に、何のスケジュールも作り得ないというのは、普通かもしれませんが、何だか夫婦の密接なようで離れている不思議な感じを与えます。良人がいる、子供がいる、でも何の重しにもならない。これは女の或ときのひどい心理ね、それで別の対象なんかないのです。しかし、もし近くにあれば妙な心理の力学みたいなもので傾いて、そっちへ行ってしまうのね、自分というものの生きる目あてのしっかりしない女のひとが、三十五になって、食うに困るところと困らないところとスレスレで、しかし目前の不安はなくて、妙に従来の生活に倦き、新しい力を求めるという気分、良人はもう初老だとか更年期だとか云っている、よく家庭教師なんかが介在して来る。陳腐な筋だが、女がしんからその陳腐さを克服しようとする丈高い趣味がないといつまでも起る条件です。
 いろいろなことが起り、それを判断し、自分の生活の独自さをつかみ日々を一定の方針によって生きてゆくということを益※[#二の字点、1−2−22]私に訓練いたします。文学修業も広汎なものね、昨今そんなわけで、大変緊張した精神状態なのよ、不愉快と云えば其で充満している次第ですから。それと抵抗して自分の机のまわりだけは混乱させないでいるわけです。チェホフがあの自然さ、落付き、科学者らしい洞察(合則性への)で、新しい世代の母胎となったように、私はこの家で、ゆるがぬ石となり、太郎やほかの子やそういうのびゆくもののよりどころ、古い柱も建て代えには土台石がいる、その石となってやろうと考えて居ります。そして、何となしぐらついている柱たちが、うまく根つぎするよう助力してやりたいと思います。
 でも面白いものね、そ
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