こと忘れて書くところ書いているところに手紙のよさはあるのでもあります、只今唯一の願いはせっかちでない手紙をかくということよ。仕事に自分を馴らすために、ワアーッと勢にまかせて一度に何枚もかいてしまわず、念を入れて二日にわけてかいてみようかなどと。手紙には大抵三時間以上費します、一日分の制作として十分よ、もし緻細にかいてゆけば。
お医者の意見で、私がすこし平常の仕事に耐えるようになるのは来年の夏ごろとのことです。一人前の外出、一人前の仕事の意味で。呂律《ろれつ》もちゃんといくらかよくなって。しかしそれまであんけらかんとしていたくないから私は生活をよく整理して、一番つかれる外出とか来客とかはこれからも最少限にして仕事をすこしずつなりともしたいと思って居ります。
風邪大したことにおなりなさらないようにね、国もきのう、きょうはドテラ着てフラフラです。私のグリップというのは菌が血液に入って淋巴腺がはれて困ったのでした。
グリップというのは、二度ほどやったからお医者さんが一こと云ってくれれば注意したのに。知らず、すこし早くおきてあとよくなかったのでした。咲が私の枕もとへ来て女中がなくてとても駄目だ、いる人は病気で臥たというのだもの、臥てもいられないわけでした。
咲は神経衰弱をなおすためにこの頃自転車で一日に二時間近くのりまわし、それでやっと眠り食べられる方へ向いて来て居ります。泰子は純《ジュン》生理上の弱さですが、大人への影響のしかたは複雑で、心理的となり、遂にモラリスティックな問題にまで入って来ます。この点がもっともおそろしいところです。泰子に体をくわれるのはよいとして、心をくわれ、一家の健全性をくわれるのは許せない気がします。
こんなにむき出しに自然の暴威を目撃することは珍しい経験の一つというべきでしょう。母の本能性は尊くもあるが余り盲目でありすぎます。一家の健全性についての責任があるというようなところまでゆけば。あなたに迄とんだとばちりで御免下さい。もうやめましょうね。いろいろな心理とモラルのクリシス(母、女として、妻として)を感受するのが収穫であるというだけでおさまるには、私は少し人間ぽいのよ。そんな三文文士根性に止まれない健全な人間としての憤りがあるわけです。しかし咲として泰子にからむ自分のいろいろの動揺をたたかってゆくことはやはり一つの大きい訓練です。こうい
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