ことの出来ないほど微かな生成をつづけながら、名状しがたい美しい無我で花びらを呼吸とともに収縮させ、そして弛緩させます。収縮させ、弛緩させます。
太陽は、花のその息づきに、いつか自身の光波を合わせて息づいている自分に心づいて更に更に愕きました。
太陽は朝ごとに甦えり、死も老いも知りません。そういうものを知らぬ自分というものを知ってから、もうどれだけの時が経ったでしょう。今、花の収縮のなかにおちそうになった自分を感じ、太陽は、自分が今若くあるよりももっと前にあった自分の熱さを計らず思いおこしました。人間が生きていられるだけの熱さに、おだやかなるあつさにもなることを覚えてから、経た年月を太陽は思いかえさずにはいられませんでした。悲しみと歓びの不思議な波が太陽を夢中にさせました。太陽は我を忘れて、瞬間太古の熱さにかえりました。そして、灼き燃えたつ光の珠となって、その花びらの軟くきついしめつけの中におちて行きました。
異教《ペガン》の歌《ソング》というのは、どういう物語をさしていうのでしょう。ギリシア人は、太陽を決して花びらの間におちる神だとは思っていませんでした。信心ぶかく伏目がちなイエス、マリアの使徒たちは、一閃の稲妻が瑪瑙を花に変えるいのちの奇蹟を、自分たちの救いの中には数えませんでした。
さもあらばあれ。わたくしは、良人のために異教《ペガン》の歌《ソング》の美しい一節を奏でます。
十月九日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(カーフ筆「静物」の絵はがき)〕
九日。隆治さんのところを申し上げます。濠《ゴー》北派遣堅第九四五〇部隊藤井隊 です。堅というのはよくわからないことね、でも字はそう書いてあります。パンの上にでもつくのかしら。
お引越しはすみましたか。こういう台所はあんまり食慾をそそりませんね。
十月十一日夜 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕
十月十一日
十七日までに着かすためには、もうきょう手紙を出さなくてはいけないことね。
ことしは実に迅く一年が経ちます。春までは半分正気でなくてすぎた為もあるだろうけれども、何よりあれこれと用も多かったからでしょう。これ迄念頭にもなかった種類の用事が例えば戦時保険一つにしても加って。私は小遣帳というものをつけて居て、それに今日は九月九月と書いていてさっきびっくりして訂正いたしました。あな
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