あわただしくてついお話しのこすこともあるし。
 この夏、東京にいたのは、何とよかったでしょう。十三日の電報を、もしどこかの田舎で見て、それからどんな汽車でも一番早いのをつかまえてかえって来るというようだったらその間の心配で、田舎に行っていた二十日や一ヵ月はけし飛んでしまったでしょう。ほんとにあのときの心持思い出すと、田舎なんかで、一人であのショックを堪えて何時間かひどい汽車でもまれたりしたら、きっと今頃又病人だったに違いないと思います。よかったわね、それでさえも又眼が妙になったのよ、そこで土曜に医者へ行きました。薬を注して瞳孔を開いて眼底をすっかり調べてくれました。やはり前同様で、視神経は萎縮してはいないのだそうです、ビタミンBしか薬もない由。せいぜい美味いものをたべて、休養しなさいとのことで美味いものというときはお医者も呵々大笑よ。私も大笑いいたします。ユーモアも時代的です。あなたもBが一番大事だそうですが、ずっと上っていらっしゃるでしょうか、メタボリン上って下さい。あれを一日十錠―十五錠のむと五ミリとかで、注射するのと匹敵するそうです。又島田へお金を送って願いましょう。もう補充もあやしくなってしまったから。
 夜はよくお眠れになりますか、本当に本当に御苦労さまです。今週は一方が休みになりましたから、水、金とお見舞にゆきましょうね。
 ちょいちょいとして上げて、小さいことでも、快適とわかっていることを何一つしないで石彫りのコマ犬のように眼ばかりキロキロさせてひかえているお見舞というのは決して決して楽なものではないことよ。少くとも良人を見舞う妻の最大の忍耐をもとめることです。
 大変同感される詩を見つけましたからこの次はそのお話。(作家とテーマ)をかいた詩人の作品よ、あのひとのものならわるかろう筈もないと申せましょう。お大事にね。

 八月二十六日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕

 八月二十六日
 さっきの雷は大きかったこと! どこへ落ちたのでしょうね、太郎が学校で粘土をこねていたら火柱が見えましたって。私は横になっていて、思わず両手で耳をおさえてしまいました。
 大雷雨の後にしては湿気が多いけれど割に涼しくなりました(八十一度)。けさは咲と寿とが開成山へ立ちました。
 咲は一日か二日。泰子はよくありません。百日咳が動因となって何か複雑な病気になって
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