底《きょうてい》ふかく蔵すことにいたしました。
七月二十三日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(土畑鉱山従業員居住地の写真絵はがき)〕
こんな山の景色は、暑い蝉の声を思いおこさせますね。富雄さんの新しいアドレス。中支派遣槍第二三四四部隊川之上隊です。隆ちゃんところは、いつぞや教えて頂いたままでよいのでしょう、新しい変りはきいて居りません。きょうは八十六度、風涼し。きのう出かけてつかれて夜九時すぎからけさいっぱい十四時間眠ってしまいました。大したものと、およろこび下さい。
七月二十五日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕
七月二十五日 きょうは日曜日。咲枝は日本婦人会の勤労奉仕で朝から出かけました。私はきのうの午前、きょうの午前とかかって、やっともって来たあなたの夜具その他を整理いたしました。今午後二時すこし前。八十五度。でも風があってきのうよりは汗の出が楽です。大体今年は風のある夏と感じるのよ。哀れに、滑稽と申すべきでしょう。
工合はずっと同じでいらっしゃいますか。風は通しても横になっていらっしゃる背中はかなり暑いことでしょうね。片方へ横になっていて、自分では手勝手がわるいが背中のところパタパタ風を入れて、すぐそこへ臥ると、いくらか涼しい気がいたします。夏のかけものは、もしかしたらそんな綿の入ったのでなく、タオルのようなものがいいかもしれませんね、シーツいかがでしょう。大丈夫? シーツはどこでも恐慌で、大やりくりよ、あなたのおつかいになって、一部分のぬけたのをつぎ合わし、お下り頂戴しています。なかなかよく眠れて結構です。
夜具は地がきれたのに、綿はきれず、十年前のいい綿は本当に綿らしいと感服しました。いつだってあなたの夜具は、膝をお立てになるところが綿切れして閉口していたのですものね。それに、あれにはどっさりあなたの運針のお手際があって、解くのも面白く、ひとりで二階の畳廊下で、青桐の風をうけながら折々笑いました。なんてがん丈に、とめてあるでしょう。まるで、ここを止めようと思う、と糸が自分で云って縫っているようよ。そして、唐子《カラコ》の頭のようにこぶこぶだらけで何と愛嬌があるでしょう。ピョコン、ピョコンとこぶたこがあって、僅かのところがギリギリからげてあると、お気の毒と感じるばかりですけれども、この位連続してお手際が見えると、いろいろ
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