る命の新しさに愕いて
われと我が身を あやしみながら
七彩にきらめき
いとしきひとの かたへと飛ぶ。
あしたのたのしみ
たった これっぽっちを
幾日もかかって
紙に鼻すりつけて書く可哀そうな私
半めくらの私。
いつも一緒に暮している声が
顔の近くで 斯う云う。
「ユリ そんなによくばらず
上書きだけは 明日のたのしみに
とってお置き
疲れた証拠に
息が こちらへ 触れる程だよ」と。
私はおとなしく うなずいて答える。
「そうしましょう
でもね
誰が
昔から
胸の動悸をはやめずに
愛したためしが あるでしょう」
[#地から8字上げ]一九四二年十月一日―十三日
[#ここから2字下げ]
[自注3]十三日――十月十七日、顕治の誕生日の祝いのために、半ば手さぐりで書いたはじめての自筆のたより。
[#ここで字下げ終わり]
十月十五日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代筆 封書)〕
十月十五日
こんな妙な大きい紙をみつけ出しましたが、これは決して同じ二枚を大きい紙でもうけようというこんたんではありません。今手紙を書く紙がなくなってうろついていたら、ペンさんが気転をきかして自分のスケッチ帖を切って使わしてくれたというわけです。だから下のデコボコがあるのです。ここが金の綴目。こんな紙でこの頃の美術学生は勉強しているのですよ。絵具のホワイトもないのよ。木炭紙と木炭は多賀ちゃんまで動員して探してもらいました。
今日は十五日だからこれを御覧になるのはいずれ十九日頃のことでしょう。十七日に間に合うように、と出した手紙は思い通りに着いたでしょうか?
十日付のお葉書を十二日朝丁度夜具を届けようとしていた時に頂いて、とうとう催促されてしまったと悲しくなりました。出掛ける前にお葉書をみたからシャツとズボン下は届けられましたが、どてらが遅れて本当に御免なさい。縫っている人が町会で遺族案内を割合てられ、十九日まで仕事を出来ないことになったので、益※[#二の字点、1−2−22]遅れて二十日過ぎにやっとお届け出来るでしょう。
十七日の為にどてらがなくて詩があるなどというのは私の好みと全く反対で気まりの悪い程のものですが、どうぞ今年はそういう頓ちんかんを御辛棒下さい。何しろあんな大きいボタモチのような字は自分ですかしすかし書けるけれど、縫物の方はそれも出来ず人頼みの哀れさです。その上今年は秋になって私が起き出してから冬物を手入れしはじめるさわぎでしたから。
国府津行きのことは、私に関する色々の事情を考慮して行かないことに大体決めました。田舎は案外にきゅうくつな時代になっていますし。あちらはずっと管制の状態です。反《かえ》ってここでなんとか家のゴタゴタを受け流して、二階で日なたぼっこでもしていた方が、万事につけて安静の治療が続けられそうだということがわかりました。第一今のところではまだとても汽車には乗れませんし。こちらの家へ何とかして、もう少し人手があるようにして、私が呑気に二階にいられるようにすれば何とかやれるでしょう。十二日朝、寿江子は沓掛へ出かけ、家中は少しホッとしています。御本人もあちらでここの空気はいいと言っているでしょう。十六日、十七、十八日は休み続きなので、国男さんは太郎を連れ、若しかしたらば沓掛へ行きそうです。そしたら今年は休養祝日というわけで、十七日は今にも身のこぼれそうなああちゃんと二人で、のうのうとした小さい祝宴をはるつもりですが、今夜の様子ではどうなることやら、国ちゃんに何か野心が出来たらしい顔付です。
今月一杯には冬物がすっかり入るようにしたいと思います。大事な下着類はそちら、ここ、もう一ところ、と位に分けて灰にならない用心をしたいと思います。結局今は綿や木綿、毛糸が財産で、あなたのものだけはなくしたくないと思います。
「祝い日」その他は、全く私の心にある一日がきっかけとなって出来たものですが、この頃のように、ものが書けず読めずにいると、次々にわく感情が自分にとって、一番宙で覚えやすい形をとり、自然とああいうものになります。今の表現の必然のかたちで、十七八で書き始めたのなら末が心配だが、一遍死んで亦生きて、そして字がかけないから心にかかれたものとしてああいうかたちをとるなら捨てたものではないと思います。これからも出来る間は続けましょう。ですから自然作品としての一つの部分をもなすわけで、いつかお気が向いたら文学作品としての感想をお聞かせ下さい。それが聞いてみたいだけまだ馴れずおじおじとしたところがあるのですね。
もうそろそろやめなくてはね、あんまり机の上のコスモスがきれいだから二輪ほど封じ込みます。
十月二十三日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代筆 中西利雄
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