カリという薬は大変にまずい薬ですね。これが眼底の充血をとるならばと正直に三度三度しぶい顔をして飲んで居ります。ところでオリザビトンが製造禁止で春以来苦心して買っていたのが駄目になります。代りとして近藤薬局に相談したところ、「ユガマン」三〇〇錠十一円が B1[#「B1」は縦中横、「1」は下付き小文字] とCとを含んでいて、オリザビトンと殆んど同じものだということです。もう一ビンはお送り出来ますが、その次がもうないからお考えおき下さい。強力メタボリン(B1[#「B1」は縦中横、「1」は下付き小文字])三〇〇錠七円とアスコルチン(C)三〇〇錠七円という組合せもありますが。だんだん高い薬しかなくなって閉口ね。昨日今日は大変よく眠って、恢復の感じが少しずつわかってきたようです。
今日は変にむすから風邪をお引きにならないように。
(二)[#「(二)」は縦中横]前の葉書を書いて暫くしたら注射の為に水上先生が見えて、薬のことを御相談しましたら、強力メタボリンの錠剤と日本橋の日本ロッシュ会社発売のレドクソン(C)とを併用すれば一番よかろうとのことでした。オリザビトンなどは、このレドクソンを買って、それから又錠剤に作ったものだそうです。大変小ビンしかない様ですが、明日調べてみましょう。結局この二つを併用するのがよさそうですね。今日は薬屋がどこも休みだそうですから。いい代りが見付かって若しこのレドクソンがやたらに高くなければ実に好都合ですね。私の注射しているCはこのレドクソンだそうです。二十日。
九月二十三日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代筆 封書)〕
二十三日。
二十一日附のお手紙、二十二日頂きました。一枚の葉書が一週間もあったまっていたとは、少々けた外れのことで閉口しました。皆さんがあっため好きなのではなくて、一人の御婦人があっため好きなので、然もその人が私の目の代用でしたから、そんなことも起ったわけでした。この頃ちゃんと着いているのはお互い様に助かります。手紙が自分で読めると、何かの時に繰り返し繰り返しみるから、書かれていることも心に残るのですが、何かの折忙しくさっと一度だけ及び腰で読まれてそれきりだと、特にこの間内は物覚えが悪かったから、度々同じことを繰り返す始末でした。手紙を読んでもらう人もよく考えて、ねっちり読む人に頼むことにします。それでもこの頃は波の間にチラチラ岩の姿を見るように一通のお手紙のところどころ拾って自分で読み返すことも少し出来るようになりましたが、それはほんの数行のことで、しかもそういう時は勝手なもので、大変贅沢な好みがあって、用事のところなどは貴重な真珠貝のように拾い上げないのだから、あなたにはすみませんわけです。泰子の耳はいいあんばいに軽くてもう治りました。咲枝さんがもう今にも生れるばかりでお腹を重がっています。寿江子は体の調子が大変によくありません。そして国男さんは神経衰弱だというのだから、私のめくら腰ぬけから始まって、満足なものは太郎一人の有様ですから、不随の家族と言ったのは本当でしょう。国男さんは時代的な理由もあって、中々難局に面していて経済的にも底をついている状態です。事務所がその人の実力にふさわしくない負担になっていて、何《いず》れいつかゆっくりお話し致しましょうが、子供の様な大人の人達が困却している様子は気の毒でもあります。国府津行きのことはああちゃんのお産が十月下旬ですから、その頃は出掛けたいと思いますが。あなたもやっぱり私のように寝台自動車が動くものと思っていらしたのね。東京市内でもやっとで、あちらへなどは燃料がないから恐らく金をいくら出しても行かないだろうということです。そちらから林町までで二十七円だったとかです。あちらへ一緒に行く人のことも頭痛の種で、あすこだって私には目代りになってくれる人がいるのですものね。ただ御飯をたけばそれでいいという人では間に合いません。今日まで寝ている内にまた看護婦と派出婦というものをみると、こういう仕事をする人の質が半年の内にどんなに落ちたかということが驚かれます。余程足りなくて掃除がちゃんと出来ない人が、一日二円で仕事をひどく怠けるというのだから恐縮千万です。行く人のことは目下研究中です。東京へ毎日通うにはこの頃の汽車のひどさがあまり丈夫でない女の人などには無理でしょうし。空想に近い希望は、多賀ちゃんがあっちで信用のある医者に診てもらい、菌が出ないと判明したら気胸でもやって、やがて国府津に半年位も暮せたらということです。多賀ちゃんならそちらの用も極く自然にたす気持ですし、目白の経験でお互いの気持も相当わかってきていると思いますから。でもこれは又これで多賀ちゃんの婚期ということもあり、もう来年は二十七ですし、単純にも行きますまい。多賀ちゃんの心
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