もうあれから一年たち、今年が二十日ばかりで終るとは何ということでしょう。だれしもこの一年はゆっくり息をつく間がなかったでしょうが。
 今日から配給のお米は、とうもろこし入りになり、まるでいり卵をかけてかき交ぜた御飯のようで、玉子をたべることは少いから、玉子好きの私達は錯覚をおこして、おいしいものをみたような気が一寸します。そして味も案外苦にならず、人間の食べるものの範囲の広さを考えさせられます。
 読んでもらっているカロッサの小説が、もう少しで終りです。いろいろと面白く、感じたことも多くありますから、それはいずれお正月に。ああ、でもお正月と言っても二十日前後にそちらへの手紙は出さなければならないから大変だわ。それまでにこの眼がもう一寸安定しなくてはね。
 てっちゃんがこの間あなたの御意見を伺う前、もしいいとおっしゃったらと思って、前もって都合を聞いたらば、心よく引き受けてくれて嬉しゅう御座いました。あなたのお考えを聞いてから、はっきりしたことはきめることにしてあったから、つまり中止になりましたが、それでも忙しい中を躊躇せず行ってもよいと言ってくれたのは、いつに変らぬあの人の気持のよいところでありがたいと思います。毛糸も子供二人分なかなか手に入らず、先ず一人だけ送りました。あとはまた店に出た時みつけて送りましょう。
 今日は百合ちゃん大ヘバリです。だからこれでおやめ。今、食堂に居たところ、先ず大きな大きな海苔まきのような毛布包みの泰子を抱いて寿江子が現われたと思ったら、ホゲーホゲーという声を先立てて、赤ちゃんを抱いたああちゃんが続いて御出現。泣き合せという光景です。御想像がつきますか? 私は二階へ上らざるを得ないでしょう。ざっとこんな始末よ。では風邪をお大事に。
 健之助は健啖《けんたん》之助とつけるべきでありました。ああちゃんをみていると、年中粉ミルクをかきまわしています。
 十二月七日

 十二月七日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代筆 コロー筆「ナポリ」の絵はがき)〕

 十二月七日、夕刻電報拝見しました。ああ本当にこういうこともある、とすぐ駒込郵便局へペンさんに電話してもらったところ、この頃ずっと小包みは受付けない由、手紙だけ。それも不定期で、その時になってみなければ、飛ぶか飛ばないかわからないということでした。折角の思いつきも右の始末ですが、今日手紙に書いたように、もし島田の人が本当に心配をするなら、二度目の速達の品を揃える時間はあったわけですから、すべてが徒労になったわけでもあるまいと思います。お母さんも薬のことはお喜びでお手紙がありましたから。電報の御返事取敢えず。風呂の釜がなおることになって大喜び。

 十二月十一日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕

 ペンさんがヘントウ腺をはらしたというので来ず、うちは泰子さわぎて眠らない人ばかり。私は手紙が書きたくて気がもてず、二階へ来て、こんなかきかたをして見ます。柔かい5Bでこうやって書くのは割合楽よ。あなたもこの間うちはあちらこちらとお忙しかったのね。隆治さんと母上とからけさおてがみで、私の細かいことづてもつたわり、物も届いた様子です。七日に小包が間に合わないから、速達で申上げたものを広島で買っておわたし下さいと電報したことや、航空便のダメなこと申しあげましたね。これをかき初めていたら、太郎が九日ごろのお手紙もって来てくれました。それともこれは十日におかきになったのかしら。
 あなたも永いこと御不自由ですみません。自分でいろいろ出来ず、電話かけてもまだはき気がしたりして本当に厄介ね。毛布が送れて一安心。どてら、いつ縫って来るつもりでいるのでしょう! そうそう牛込の荷物ね。あのなかにはオリーブ色、細かい格子の裏の絹の丹前があっただけでポンポコはありませんでした。あの昔のなつかしい染ガスリの夜着のようなのは。
 私は国男さんの所謂じれったがらない修業が大変よ、何しろうちは何かの巣のような騒ぎで、考えておいて黙って実行されるという一つのこともないのですもの。きょうのあなたのお手紙にパニックは起さずとあり、又向い風とかきかけて消されてあって笑えました。そして、こうやって一人自分のカンシャク姿に笑えるのは、やはり一つの慰安なのよ。こんな紙にこんなにかくと、何もかかないうち何と長々と、お軽の手紙のようになることでしょう。

  小曲

 小さな男の児が
 大きい椅子の根っこで
 じぶくっている

 父親は遂に夕飯に帰れず
 となりの子供たちは
 みんな出払っている休日の夜。

 男の児はじぶくっている
「お父ちゃまとお風呂に入りたいんだよ」ウェーンウェーン

 母親はミシンを動している
 これから生れる子供のために
 椅子の上には
 赤い毛糸の足袋で
 小
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