のモメントを深く個人の上にみないからその点は喰い足りず(改造文庫)。赤チャンの名前が男の子はまた一苦心で、食堂のテーブルが賑わいます。今、照二郎というのを思いつき、かなりいいと思います。字面も悪くないでしょう。
十一月十一日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代筆 封書)〕
十一月十一日
もう北側の障子をあけると冬の風が吹きこみます。三十一日に書いて下すって以来、御無沙汰?
風邪をお引きになったのではないでしょうね。
私は二三日来、注射をやめて飲み薬だけになりましたが、心のどかで好調です。何しろ静脈注射ですから気がはるのよ、痛い時はひどいから。
知らなかったけれどB・Cの外に砒素の薬が入っていたらしくて、それは心臓の為や体の再建の為に役立ったのでしょうが、あれの特徴で興奮性だからそういう刺激があって、レロレロのくせに働きすぎるというような傾きがありましたが、うちでの通称「ウワバミ」(ウワバニン)が切れたら、たががゆるんでお目出たくなって夜は早く眠がるし、少し動くとくたびれるし、気はのんびりしたし、つまり実力に戻って、うち中気嫌がよくなりました。今になって白状に及んだところをみると、みんな相当私のウワバミ元気にはヘコたれていたらしいのです。更に滑稽なことは咲枝さんも心臓の為にそれを注射されていて、ウワバミ元気にあてられる度も一入《ひとしお》であったのでしょうが、しかしこの人の方は腰の痛いのがましだという結果に現われて、私のように悲しき女人足にはならなくてすんだのです。
こういう薬のこともなかなかむずかしいものですね。個人個人によって、受け方が大変違う、一つの体への+《プラス》と−《マイナス》の関係が本人にもよくわからなくて。つまりやめ時だったのだろう、という衆議に一決しています。今年の冬は私は大変寒そうです。足の冷え方が格別です。夜具が重くて、フウフウで狐の子のように落葉をかけて寝てみたい。重い病気のあとはそうですね。あなたもボタンのかかるシャツは一冬お着になれませんでした。やはり胸がつまったのね、夜具の重さなども胸にかかるから不思議です。本当は足先にかかっているのに。心臓にこたえるのね。十年昔の大事大事の木綿のあの蒲団を今年は始めて蔵《しま》いそうです。大学書林のはついたでしょう。橘は現在は目録を出していないそうです。本はこちらへとっておきます。
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