からのお手紙の用事だからもうこれで一杯。十七日のことはどうしても別刷にしなければならない程珍らしい一日でしたから、ここで一休みしておやつをたべて、それから又ペンさんを酷使致しましょう。

 十月二十七日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代筆 封書)〕

 十月二十七日
 さて愈※[#二の字点、1−2−22]《いよいよ》十七日の物語り。
 あの前後お休みが続いたので、父子が沓掛へ行こうと言っていたらば寒いのが厭というようなことで十七日になりました。あの日は雨でした。相当な降りで。これは私達の十七日にしては珍らしいことでした。食堂へ行ってみたら早朝にかかわらず、佐藤先生が一仕事終ったという顔でお茶をのんでいられます。「まあどうしたの?」と其処にいる御夫婦を見くらべたら、泰子が夜半からひきつけて大さわぎをしているのに、林町のかかりつけの小児科医は、医師会のピクニックで皆出払ってしまっていて、私の先生に電話したら子供は診ないということで、そこいらの医者を紹介され、その人が取りあえず注射して、佐藤先生にわざわざ来診願ったところというわけでした。
 去年の十月末ひきつけた話は申しあげましたね。成長の一段階毎にこういうことが起るらしくて、咲枝はショックでお腹があやしいし、父さんは明方からの骨折りでクタクタだし、私が気をもんで動き廻るという有様でした。こういうことがあってもこの節は買出しに行かなければ何一つお菜がない。然し人手がないから行けない。御飯の心配があります。ともかく十七日なのだから、私としては少くとも何かしたくて、晩の御飯でも言いつけようとするが、うなぎ屋にうなぎがないのよ。支那料理も鯉どころか、食用蛙の天ぷらが、とりに行けば幾人前かは出来るという有様です。
 泰子は体中をけいれんさせて、歯の間にお箸をたてて(舌をかまない様に)いるのに、蛙をとりに書生さんは出せないから、では菊そばへ、というわけで、やっとあやし気な天丼にありつきました。一円の天丼がいかの足を細切れにしたもの一つ位がのって居ます。
 雨はざんざ降りで、皆こわい顔をして心配して動いているから、太郎はビービーで私は大変かんしゃくをおこします。そして太郎に、しっかりしろ! と言います。夕方泰子の薬を取りに船橋まで雨の中を行く書生さんについて太郎が出かけ、その時は小さいながら少年ぽくて愉快でした。
 夕飯前にペ
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