でその新しい堰をきるのではないでしょうか。
 人々の裡のそういう必然な文化力は、鼓舞されなければならないものでしょう。事変が起ったとき文学の玄人《くろうと》は、玄人界の打開という面からのもさくとして、ルポルタージュを見直しましたが、今やその段階はもっと進んだと思います。ルポルタージュが、もっともっと、生活から湧き出るということは健全さです。どっさりの制約をもって書いて行くうちに、それを自分に発見してゆくこと自体が一つの大きい勉強ですから。一般の成長は、こういう経路をも通ると感服いたします。
 農民文学会の連中はこのごろ、あちこちの模範村へ派遣されています。そこでお話をきき、観察をして、めでたし小説をかくのでしょう。もしこの人たちが、その村の文化的可能を集めて、その人たちの指導で、村が村として自分の物語を持つように導いたら、大したものですが、そういう風にはおそらく考えないでしょう。めいめいが流行作家なのですから。
 のこる同人雑誌は『昭和文学』、『青年作家』。(それから、と書こうと思って新聞をさがしに階下へ行ったところ、見つからず)どうしてこれらはのこるのか理由は知りません。『スタイル』
前へ 次へ
全471ページ中465ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング