感情に淋しいという名はつけなかったけれども、今になってあの時折の気持思いかえせば、それは今何となしうるおされている部分が、あのときは乾上っていたことを感じます。何かの折それを自覚していたのね。手つだいのひと、さもなければ、どんな親しくたってお客様であるにちがいないひと。そういういきさつだけで日々が運転してゆく生活。隅から隅まで自分で動かさなければ動かない生活というものの目に見えないうちに肩を張らし肩をこらしている生活というものは大したものであるとつくづく思います。
どんなことにもわるい面だけはないものね。今の私は、一方で大旱魃でありながら、思ったよりずっとずっと他の面では潤沢となっているのですもの。そして、この面のうるおされることは、私の神経の衛生上必要な時になっていたとわかって、天の配剤妙なるかな、と思っている次第です。ほんとうによかったことね。そういう衛生学は、極めて微妙で、夜中どんなに犬がほえようと平気という、そんな些細なところからさえかかわって来ているのですもの。どうやらわたしも女丈夫にならないですんで、うれしいわね。御同感でしょう? 私は迚もそういうたちではないようです。
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