にダンテは「コメディア」をかいているというようなこと。徳川三百年というけれど、もっとさかのぼりますね。沁々そう思いました。十二世紀に入って、比叡山の山僧があばれはじめたとき、それは何かであったと思われます。哲学年表とてらし合わせて見て暫く沈吟したというような塩梅です。
 今日世界の文学史をよむことはためになります。大きい無言の訓戒にみちてもいます、作家の消長は歴史の頁の上には、その人が強弁しがたき現実の跡を示してむき出されているのですもの。この勉強は、ですからどうも一つの本にふくまれる必要以上のみのりとなりそうです。ハイネを好きになれない理由が自分に納得されたりもして。
 今度は無理ですが、いつか又プランを立ててせめて日本に訳されている十八世紀ごろの古典ディドロなんか、我慢してよんで見て置こうと思います。モリエールなんかもっともっと知られるべきです。ヴォルテールなんかがアカデミックな人たちの間に訳されているのに。芝居の方のひとで、そういう勉強や整理をやる人が一人ぐらいあってもいいのでしょうのにね。ナポレオンが自分の舞台装置として古典(ローマ)を飾ってアンピールという様式を服飾(女の)や
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