なかなかゆきついていないと思います。そのことがもっと実感されていいのね。よくこの点がはっきりすれば、ころがり出した勢で、うしろの方へころげこんで、本質は自然主義以前というようなホラ穴へころがりこむわけもないのだけれど。
いろいろ考えます、一九一四年の経験で、フランスの作家なんか伝統の中にあるカソリックの精神へ随分すがりついて身をもたしたでしょう? ジイドなんか筆頭です。イギリスの作家は、過去のものの崩壊を誇張することで身をもたした、ローレンス、ジョイスその他。現在、それらの国々の作家は、どんな勉強しているでしょう、どんな身のもたせかたをしているでしょうね。いろんな小さい形の精神のマントは、はがれたのだし。ヨーロッパの真面目な作家の仕事は、今日、或は毎日細かい日記をつけておくことかもしれませんね。小づかい帖は歴史ですから。そういう風に、自分たちの世代の経験をいとおしんで居る誰かがあるでしょうか。たとえば、そんな婦人作家があるでしょうか、ねえ。コレット婆さんなんかやっぱりパリで、おしゃれの店出して、それがフランスの外貨カクトク法だからとモードこしらえているのかしら。
この頃深く感じるの
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