ントがはっきりしないでしょうね。たまに、こっちではっきりした一定の判断をもっていて、或る現象がどう見られ語られるかをきくということも、何かである場合もあります。だって、そういうもので現実を動かそうと出来ぬ相談をやっているわけですから。
 本質的に、会へがつがつ出るというような心理ではないから御安心下さい。
 こういうこと、そして又家のこと。ほんとに一通りのことではないわね、どうでもいいということではないわ、やはりそこに態度があるべきですから。
 北原武夫が『都』に、作品の世界の客観的確立ということをあのひとらしくかんちがいして、作品の世界だけが一箇の作家の存在にとってリアルなものであって、実生活は空な抽象だということを会得してはじめて芸術家だ、なんかと云っています。誰かが、この頃の作品の中に作家の生活的実質がうちこまれていないのに不服で、作家の俤《おもかげ》のない小説はつまらない、という風に、これも二次的な理解で云ったのに、北原がくってかかって云っているのです。現代の或種の作家のくいちがいや、ピントのはずれたしかも本来は健全な欲求だの、高びしゃでしかも空虚な自己の生活的タイダを肯定して
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