いになることは、全くそのとおりであってそれは私も同じくそうしたいと思うことなのですもの。そういう順序や筋の理解では同じであって、猶私が書いている、そこのところがいかにも面白い。私はひねくれて感じているとは思いませんが、いかがでしょう。勿論、その感じかたに執していはしないのよ、今。
一寸した告白をすればね、私は、常にこう考えているの。あなたの明白な事理は、少くとも私に対しては無碍《むげ》に通用するべきであり、するのが自然であるという風でなければならないと。そこに事理の自然な展開の場所がなくてはいけないと。これは、あらゆる意味の健全さとしてそうなくてはならない筈のものだと考えて居ります。二つの掌が合わせられて、岩間の清水をくんでのむように、ね。
そのことが、ただ単純化された、いつもその道さえとおれば行くところへ出る小路という風な、心持の表現の習慣の型になってしまったりすれば、やはりそこに、ただ約束が在るだけになってしまうのでしょうね。想像力のとぼしさが生じる場合もあって、私は又そこでも慾張るのね、きっと。私は、単純な心情でない筈のひとが単純になることはくやしいと思うのよ。太き円柱は、そ
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