なのをうけまいとすると、第一のいやを受納しなくてはならないというの、私面白いと思います。だってね、私これ迄は大体小さい条件は、自分のいやと思うことは変えて来ていて、いやならかえるようにするという形での積極な動きを知っているだけでした。今はもっとそこが複雑になって来て、変えようとそのものをつっつくより、それから先へ何かをつくり出して行こうという――今の場合なんかそういう心持ね。「朝の風」の弱さは、寂しさなら寂しさというものをそれをつっつきまわして追いはらおうとしている範囲に作者がいたから、その感情が映っているのですね。あの作品についてあなたも書いて下さり、自分も申しましたが、何だかハハンと今、合点の行ったところがあります。
寂しかない、寂しくなんかあるものか、そういうのではなくてね、それを、もっと愛して、自分のうちにとってしまって、寂しいとはこういうものかとうち興じるような何かそんな生活の味。
そして、生活は又一層のニュアンスをふかめるのです。向日性というものは寂しいなんて思いをしたがらない、しようとしない、寂しそうになると大いそぎでそれをふき消そうとするアクティヴィティだけでは、浅
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