ら私だって、詩集は別なんだものとは云えないのですもの。ずるいと思うわ。ほんとにうまくつかまえる。こういう飛躍が科学者の云う天才的な「労作の仮定」というものでしょうか。
十三日に着くようにと書いて下すったのが今朝になったのは残念のようですが、呉々もありがとう。紙の小さすぎることからおこる条件はこの頃やっと私も馴れて、もとのようにその紙のその字の上にないものをいきなりつよく感じとるということもなくなったから、マアましです。けれども、正直なところ、私はほんとに、あなたにすこしコンプリメントをいただくと、しんからうれしいと思います。そういうことでがっつくのはけちくさいと思うけれど、やっぱりこの心持は消すことは出来ないことね。私は却って逆に自分を批評することがあります、私はあなたに自分をいくらかでもいいものとして見せようといつも骨を折るのではないかと。本当に自分のものとしている範囲で骨を折っているかどうか、と。この点、この頃はすこしぴったりして来ているようですね。
文集、面白いだろうと思うの。昔の旅行記なども入れたいと思います。しかし、入れたい心と、入れられるか否かは又おのずから別でね。竹村のなんかそういうのでいいといいのだけれど。そう云えば『明日への精神』九千になりました。お話ししたかしら。十三日に又百合子百合子をやりました。
ユリも朝起き以来、というらしいのに、朝寝[#「寝」に傍点]とかいてあって、笑えてしまいます。よっぽど「ユリも朝」と来ると寝[#「寝」に傍点]がしみついて、眼玉だったのね。昔より、二十三日前よりは健康ということ、それは全く当然なわけでしょう? 何しろ、それから後の消耗の大さに対して、こんな状態が保てているのですもの。大変綜合された意味で、そうなのは確かです。
あなたの、夜があければおなかのすくこと、食欲がすこしでもあるようになったという面からは万歳だけれど、玉子ナシ、バタナシナシナシの方からいうと、やっぱりこの頃私たち何となしおなかすかせることのひどいのと似たわけなのだろうと思われます。そういうとき栄養が不足すると惜しいわねえ。私のたべた夕飯はもうすこし夕方に近かったようでしたが。やっぱり三時〆切り五時におかえりだからかしら。
きょうは早く寝ます、そして、明日いろいろこまかいものいくつか書くの。すこし眼がつかれているから。今年の十三日のためにアトリエから出ている画の本をすこしまとめて買い、茶の間におき折々見ようと考えます。
きょうの気持の工合では月曜日に行ってしまいそうよ。
二月十七日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
二月十七日 第十一信
きょうはすこし虫がおこって、さっきパラパラと雨の音がしはじめたらひどくそちらへ行きたくなりました。でも、ごちゃごちゃ仕事を片づけなくてはいけないし、私はうちにいた方がいい体の調子だし、それで机の前にねばって居ります。昨夜寿江子と目白の通りを散歩して、この間うちから云っていた今年の十三日のために絵の本買うと云っていた、それを新しい古で十二冊ほど買い 8.60 也、チューリップの立派なの一輪、黄色い奇麗なラッパ水仙二本計 .90 買って、きょうは机の上にチューリップを、ベッドの裾の柱にこのダフォディルを活け、大変さっぱりとした眺めです。朝からひとしきり片づけ、一寸一服にこれを。
チューリップというものはこの位になると、気品とゆたかさがあります、葉の旺盛な感じも面白くて。オランダの野原に一杯咲くチューリップは、今年もやっぱり咲いているのでしょうね。
ゆうべ、かってかえった本の中から「ドガ」を見て、実にいろいろ感服し、あなたにおみせしたいと思いました。寿江子が気づいたことですが、ドガは、日本ですぐ踊り子を描いたドガと云われるけれど、たとえば、競馬について、洗濯女について、帽子つくりについて、そして踊り子について、決して、一枚そっちかいて次にこちら描いて又あっちかくという風でなくて、必ず一つのまとまりをもって実に追求しているのね、競馬なら競馬を。そして、ドガの絵にある不思議な動いている感じは又おどろくべきものです。モネ、マネという人たちの、客間的要素がドガを見てはっきりわかりました。ルーブルではドガを「オリンピア」のある絵[#「絵」に「ママ」の注記]にかけておくべきです。そうすると、すこし真面目に芸術を感じるひとは、そこにある明日へのび得る芸術の本質を、どっちに在るかおのずから考えるでしょう。本当にためになるのに。小説をかくものはドガが分らなければうそですね。武者がルオーをすきとかいています。武者らしいことです、あくまで自分の語りたいことを語る、に自足している点で、ルオーと武者は似ているのよ、その主観性で。その点では似ているけれどルオーの中にあるその
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