いしゃでなくてもセンセイ細君はあるものなのねえ。感服いたします。センセイの旦那様もって如何《イカン》となす? そういうときは勿論、時々旦那様に叱られるのよ、とは申しません。
 本のこと。ね、どうぞこうやって元気をつけて頂戴。やっと土曜日ごとのおつとめも終りましたし、これから当分又お客をことわって、二十四五日まで大いにがんばって年内に百五十枚ほどわたして、お金いくらかとって、一月十日から又馬力かけて二月十三日までには仕上げるつもりです。
 歳末まで赤字なしの御計画ありがとう。本当に案外工合よかったことね。
 ほんとにたべもののこまること。私はレバーをのむようにでもしましょう、一番いいでしょうから。おりおりはBと。みかんはこの頃出ています。あんなにいろとりどりだった果物屋が、みかんばかりよ。甘いものは又近いうちいい折にいくらか心がけましょう、午前に出かけるとき。
 来年の月明賦はよほど傑作でなければならないと思って居ります。みんなでお祝してくれるそうです。あなたは何がよくて? あなたのいいもの、私のいいもの、そう注文していいのよ。あなたは何が欲しくていらっしゃるでしょう、第一にあげるべきものがあげられないことは悲しい非力として。
 あなたの眼が余り手のこんだものでないかもしれないということは、本当に吉報です。今机の上に珍しくバラが二本あります。三分ひらき、一輪は五分ひらき、随分きれいです。そちらからのかえり護国寺の角の花やで買いました。これからはあすこでおみやげに何かいいのがあったら買うことにしましょう、すこし高い花やよ。でもいい花があります、ではね。

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[自注8]十二月七日――一九四一年十二月八日、真珠湾攻撃、太平洋戦争開始。十二月九日朝百合子、駒込署に検挙。
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底本:「宮本百合子全集 第二十一巻」新日本出版社
   1980(昭和54)年3月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
※初出情報は、「獄中への手紙 一九四五年(昭和二十)」のファイル末に、一括して記載します。
※各手紙の冒頭の日付は、底本ではゴシック体で組まれています。
※底本巻末の注の内、宮本百合子自身が「十二年の手紙」(筑摩書房)編集時に付けたもの、もしくは手紙自体につけたものを「自注」として、通し番号を付して入力しました。
※「自注」は、それぞれの手紙の後に、2字下げで組み入れました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:柴田卓治
校正:花田泰治郎
2004年9月23日作成
2004年10月15日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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