十二分の上りで立つので、輝を野原のおばさんがだっこして、友ちゃんは持ってゆくふくろ[#「ふくろ」に傍点]もったりして、それでもあの町筋では目のそばだつ一行が駅へ着いたら、切符は入場券六枚というので、それで友ちゃんの姉さんの文子さんやおせむさんや私たちが入り、うちの時計がすすんでいるというので安心したらもうぎりぎりでした。すぐ汽車が来て、大いそぎでのって、達ちゃんはパナマの帽子を振るものだから、それが白くてずっとずっと先まで見えました。ずっと遠くで、橋のあたりで又一しきり高くふるのが見えました。組合のひとたちは構内に入れないから、そっちの畑の方に出ていたのです。白い帽子が見えなくなって、それから暫く立っていて、それから家へ戻りました。
うちの二階は、床の間にお母さんが端午のお祝の兜と太刀をお飾らせになって脇には花が何とか流に活かって飾られました。二階の六畳のつき当り一杯に友子さんのタンスがはめこまれていて、うちの様子は随分変って居ります。そんなものを眺めながら野原の小母さんと休んでいて、おひる皆でたべて「もう広島へついてじゃろう」と云いながら終りかけたら、あのお爺さん野田、あの人が来て、又改めておひるを出して私が給仕して、お母さんは横におなりになりました。気づかれで盲腸がすこし変におなりのようなので。
二時のバスでおせむさんがかえり、私はお母さんの横になっていらっしゃるわきで、いろいろ話して、さて、と上って来た次第です。
丁度、もう一時間余で達ちゃんが出るというとき、河村のおばさんが大あわてで入って来て、長男が現役で入営しているのが急にあっちへわたることになったというので、徳山の製塩につとめているおとっさんを電話でよび出してかえって貰うことにしたり、混雑は二重になりました。
達ちゃんがのりこんだその汽車から河村のおっさんがびっくりした顔でおりかかるとおかみさんが、ああ、あなた、そのままおいきませ、というわけで、どういうわけだったのか河村のおじさんは黒い上着をぬいで、縞のシャツだけになって、すぐそのままのって行きました。どこもかしこもこういう風景。
達ちゃんは伍長ですから、こんどは責任を負う立場だそうで、修理なら小さい工場一つをもつようになるそうです。仕事その他の見当は勿論全然ついて居りません。
家の方は合同はしていても内容は個人経営の部分もあって、達ちゃんの代理は山崎の峯雄さんがやってくれるそうです。さもないとYという人が自動車をつまりは自分のかせぎのために使うということになるのだそうです。やはり二台のままやって行って見るそうです。あとで買ったフォードは中古で、五千いくらかだそうですが、これは無理をして買ったのではないから楽なじゃありますよ、とのことです。これが借金になっていないのは大助りね。半年、今の稼ぎがつづけばいいそうです。〔略〕
輝は可愛いわ。私は、あらと心の内におどろくのよ、あなたに似ていると感じて。そして実に可笑しく思うの。友ちゃんは友ちゃんで、あらと思うところがあるのでしょうし、お母さんはお母さんでやはり俤をそこに認めて一層可愛くお思いになるのでしょう。こういうところ、滑稽で面白いわねえ。三代に亙る女性たちの生活だけれど、そういう点では執拗に妻たちであるのね。
実際私は友ちゃんを思いやるわ。当分、どこへ行っても(うちじゅう)どうしても感じる空虚の感じは、友ちゃんの場合痛切にむき出しでしょうから。輝がいて仕合わせだけれど、只、それはまぎれるだけでね。まぎらしのすぐ裏にどっさりの語られない思いがあるのだから。
こっちももののないことは東京と大差なしです。お豆腐もなかなか手に入らず、野菜も少い。お魚もなかなかこっちへ迄はまわらないうちに売切れてしまう。牛肉がそれでも買えて珍しいと思います。玉子もあるの。お菓子も出来た時にはある由。七分づきのお米です。でもやっぱりおかずに困っていらっしゃるのよ、東京と同じねえ。何にしようときめるとその材料がない、それで又考え直しという工合。
明日あたりお墓詣りいたします。十九日二十日は野原。二十一日にこちらへかえって、もし達ちゃんにもう会う折がなさそうならば二十四日ごろにでも立つかもしれません。
きょうは友ちゃんも達ちゃんも涼しくて、そして雨があがっていて大助りでしょう。
(ゆり子はん、おふろへお入りませとおっしゃるので一寸入って来て)
お母さんもつまりは商売をぱったりやめられもせず、で却って気に張りがおありになるらしく、くず折れては決していらっしゃいません。私が来てよかったとくりかえし仰云います。よかったことね。新しい顔が一つ加ると、家の者ばかりでしめっぽくなるのがなおるのですって。東海道の不通が分ったときには、私は閉口して困ったけれど、それでも間に合ってようござ
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