ですが、人々は普通、あのことをあのこととして、このことをこのこととして理解することは出来ても、あのことと、このこととの間のつながりを見出す力は非常によわいのね。一寸頭のまわる人間は要するに、そのつなぎめのところでいろいろうまく立ちまわるのね。よいことも醜悪なことも何かそのつなぎめのところに発生いたしますね。実に妙なほど、神経にぬけたところ、頭のぬけたところがあるのね。例えば歌よみの吉植庄亮という男は千葉で大地主で多角経営をやっています、代議士よ。蘇峰そっくりな顔をしている。そして自分で百姓百姓という。この男が、米のことでいろいろ話します。四五年前、ゴムローラーで白米にすると、同じ一石に米粒が多く入って百姓はそれだけ損をする、米もくさりやすいということで、いろいろ運動した。竹内茂代という女の博士が白米廃止運動をそのときはじめ「これだけですね、ものになったのは」と云っている。吉植の考えのポイントが、竹内さんにどううつっているのでしょう。竹内さんはお医者として云っている、賛成しているつもりなのよ。こういう組み合わせ。ひとの説に賛成するしないの機微。バルザックやスタンダールはこういうモメントをどう描破しているでしょうね。
それから、絵で描いたら頭部が半分しかないような人たちが集って、ゴの手でも評定するように、妙な形のマス目で、国際のいきさつ、動きをああこう喋り合っている光景、これはブリューゲルの世界に近いし。
では金曜日に又。そちらの番地半分だけ活字ね、面白いこと。眼を呉々お大切に。
七月七日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
七月七日 第三十二信
これは、四・半に机を出して書いて居ります。きのうあのお二人は愈※[#二の字点、1−2−22]引越し完了よ。日曜日でしたが、その前々夜やっときめて来て、六畳一つの集合住宅で二十五円也。日曜日引越すと云っていたのですが、午前中ぐずついていて、どうなるかと思ったら越せました。この頃に珍しく俥夫がすぐひきうけてくれたのですって。
おかつぶしをあげたり梅干あげたり大いにおばさんをやって、それがすっかり出かけたのが四時すぎ。さてそれから四半の廊下の隅につっこんである小さい方のテーブル出しかけて布をさがしてかけて(手が汗だらけだもんで、こすれて痛いから)あっちこっちあけて、スダレかけて、さて、と昨夜はそこに腰かけてかなりエンジョイしました。
十日にあのひとたち来たから殆ど一ヵ月ね。浩子さん本当に名残惜しそうでした。でも今度引越す代々木上原というところのごく近くに女の従姉だかが家をもっていて、いろいろ世話して貰えるし、いいでしょう。浩子さんはどこへ行っても周囲と自然にやってゆける性質ですから。幸きのうはいく分しのぎよかったから引越しにはもって来いでした。
[#図1、家の間取り図。凸形の間取り。左が「台所」、上が「茶の間」と「ヌレエン(濡れ縁)」、右が部屋と「縁側」(濡れ縁と縁側がL状になっている)、中央に廊下と階段。]
私もここへ越して来て大変楽よ。茶の間とはカギの手にこんな工合に出ていて、左手の二階の段々のつき当りだの台所の方だのから北風が通って下では六畳の次に涼しいのよ。只西が射して弱りますが、でもそれはね。すぐ格子窓の外がおとなりと竹垣で、おくさんが台所でことことやっているのや「ほんとうにひとばかにしていますわ」と、旦那さんと喋ったりしているのもきこえます。マアこれからもうすこし趣向をこらして、これから三ヵ月(九月)暮すに工合よくして、大にがんばらなければなりません。
がんばらなければなりません、というところに御推察でしょうが苦衷があってね、目下まだ十分がんばりがきいているとは云えないのよ。暑さにまだ馴れなくて閉口頓首して居ります。お米をほして虫をとったり、うどんほしたりしていたわ、この二三日。引越しさわぎの落付かなさもありましたが。こういうときって実に可笑しいわね、さあユリそろそろがんばって! と自分に云って頭だかおしりだかとんとんと、お茶を紙袋に入れるときみたいにトントンとやると、大抵何とかまとまるのに、目下のところ、かためそこねたところてんよ。さあ、さアなんて云ったって、上っ皮がいくらかかたまって、しんがとろりでどうも頭の中が湯気の立つようで。ほんとに可笑しいこと。自分に仕事をさせるのにも骨が折れるときがあるというのは夏景色ですね。
でもこうやって、廊下歩いても台所コトコトやっていても、縞の布のかかった机が見えていると相当食慾的だから、きっとこれからうまく行くでしょう、どうぞ御心配なく。そんなで八月中に何とかなるのかなとお思いでしょう? 何とかなるから面白いわね。
自分に仕事させる、でこんな話があるのよ、私はこれ迄冷蔵庫というものなしでやって来て居ります、夏
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