のある襖のところで、やっぱりそういう意味のこと仰云ったことがあったわね。常に、甘やかすまいという戒心をもっていらっしゃるのね。それは本来的な意味でよくわかります。私も其は賛成だと思います。
 多くの生活は、甘やかされているという言葉が、どこかに予想させる甘美さ、ゆるやかさ、和やかさ、そんなものは影もないプロザイックな明暮のまま、しかもゆるんで低下して、引き下った調子で、結果としては互に甘えて暮してしまうのね。
 私の生活の味は何とこみ入っているでしょう。大変高級なのね。砂糖は殺してつかわれているというわけなのでしょう。しかし舌の上にしっとりとくぐんで味ってみれば、なくてはならない甘味はおのずから含まれているという凝った模様なわけでしょう。そうしてみればあなたは大した板前でいらっしゃる次第です。
「英国史」を書いたモロアの『フランス敗れたり』という本があって大層よまれています。これはフランスの敗北を政治家たち上層の腐敗として語っているらしいのです。いつかよんでみたいと思って居ります。この間よんだ本の印象を活溌に対比させてみたらきっと随分面白いでしょう。真の敗因を著者はどこに見ているかということが、ね。
 こういうものの書評がじっくり出来たらいいのだが、と思います。
 金星堂の本、送って来たのをすぐそちらへ一冊、島田へ一冊お送りいたしました。あの表紙は何か生活の音があるようで好きです。なかどんなのかしら、そう思うような表紙でしょう?
 隆ちゃんへの袋も、この頃はなかなかむずかしいのよ、物がなくて。甘味類のカンづめがすっかり減って居ります。カン不足ね、大体。富雄さん中支派遣で、ハガキをよこしました。本部づきになっているとかの話でした。ハガキとは別に。本部づきでは、あのひとの性格の、どういう面が果して発達するでしょう。達ちゃんのように技術があるわけでもなし。本部づきなら決して不自由しない。そのことは、一般からみれば特権です、それが、どうあのひとに作用するでしょうか。いずれこの人にも袋送ってやりましょう。この頃はちょいと入れると十円よ、一袋。
 休養の話、それに対する心組の話。よくわかります。私の表現がはっきりしなかったのでしょうけれど、ここに云われているように感じているのよ根本には、ね。冬は暖いところへ、夏は夏を知らないところへ、なんかと考えるわけもなし。ほんとにリュックにお米をいれて、二三日も国府津へ行って来るぐらいのことしゃんしゃんやればいいのに、それをやらず、どっかへ行ってみたいナなんかとばかり云うから、あなたはユリが、少し働いては休養休養という珍妙エリート女史かと訝しそうになさるのね。そうでしょう?
 あら、やっとお恭がかえって来ました。十一日に出かけ、十八日にかえる筈だったところ、十八日にツゴウニテカエリ一九ヒトナル電報が来て、やれやれと思って居りました。まアこれで私の日常も再び順調になります。仙台のおみやげという堆朱《ついしゅ》のインクスタンドだの、お母さんのおみやげのころがき玉子。
 茶の間の隅に山田のおばあさんのくれた四角い台を出していて、その上には諸国土産が一揃いのって居ります、箱根細工の箱のハガキ入れ(稲子さんみやげ)鵠沼の竹の鎌倉彫りのペン皿(小原さんという、お恭ちゃんをよこしてくれた娘さんのみやげ)女の子が彫った小箱(それにはそちらへ送る本にはるペイパアが入っている)朝鮮の飾りもの(栄さん稲ちゃん)そこへこの堆朱も参加して、茶の間のものらしい文具一組です。
 二階のは全く別でね、これは例のガラスのペン皿その他変ることなき品々です。
 きょうは桜草の鉢が机にのって居ります。
『アトリエ』という絵の雑誌御存知でしょう? あの雑誌がグロッスその他の特輯をやるのですって。そして私にケーテ・コルヴィッツのことについてかいてくれと云って来て、私は大変うれしく思って居ります。すこし勉強してかきます、十五枚ぐらい。魯迅なんかがコルヴィッツについてどうかいているかも興味があります。昨夜、ベルリンで買って来た画集出してみて、新しく真摯な仕事ぶりに感服しました。人生的なモティーヴをもっていて。ケーテのようなその級の婦人作家はいなかったのでしょうか、知らないわね。婦人画家というものについてやはり沁々面白く思います、「女らしくない」力量をもった画家として、ロザ・ボンヌールの動物画があげられるけれど、それは女がそれ迄近づかなかった馬市などに出かけて描いたというだけのことです。ケーテなんか女でなければつかまない子供や女の生活のモメントをとらえて、それを深くつよいモティーヴで貫いて、技量も大きいし。日本には二種しか画集がないのですって。その一種は私のもっているの。もう一つの方もかりて見たいと思います。
 女の絵としてローランサンなんかが示して
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