心の叫びのあらわれのまま描くか、さもなければ、抒情小曲として表現するしかないのね。でも、私は詩だって散文でかくたちでしょう? 小説でかくしかないのでしょうか。
生活って面白いのね、名をつけるとか、病人が出るとか、二人ともいそがしくて詩集ふところのままおちおちしなくて、そして、生活のそういう間にあらわれて再び生活のなかに消えてゆく詩も持ったりして。
芸術の中に生かされなければ、そういう生活の花のようなものは遂にどこにも跡をとどめないでしまうということを考えると、びっくりするようね。書く。そうすると、それは在る。書かない、そうならそれは在ったという跡もとどめない。このちがい何と僅かのようで決定的でしょう、人生にはどっさり不思議なことがあります、それの一つね。生き過ぎるという人間の生活を考えると、何とおどろくでしょう。刻々とその人の人生はすぎつつある。でも、それは関係のなかでだけ実在しているというような人生。自分の生きて居るということの次第をはっきりと我ものとしたいという人間の欲望を、芸術がうけもっているというのは面白いことですね。
芸術と云えば、重治さんのところの卯女が一本田へ行って川を見て、すばらしい川だと云ったとハガキよこしました。親の言葉がこんなにそのままうつるのよ。大笑いで気味がわるいわ、ねえ。三つの女の子なのよ、やっと足かけ。
北海道のおかあさんの次の息子がやっとお嫁さんをきまりました。その嫁さんをむかえにかえっていて、今につれて来るでしょう、あの母と息子はこういう風に気質がちがうのよ、たとえば嫁さんもらうと、母さんの方は、はア若いものが何かのとき世話になるだもの、皆さんにおちかづきになって貰えというと、息子の方は、きまりわるいよ、田舎なんかからぽっと出た女房。万事そういうちがいがあるの。お嫁さんが来るときっとそういう問答が行われるでしょう、と栄さんと話して居ります。何かいいお祝いを考えましょう。
明日はてっちゃん。火曜に午後。風が吹いていやね。
きょうはくたびれて何となくほーとして居ります。では。
五月八日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
五月八日夜 第二十三信
今九時すこし前で、私はおどろの髪をふり乱してこれを書いて居ります、そうかくと可怖《こわ》いでしょう? 髪を洗ったのさっき。そしてそれがかわく迄これを書こうというわけです。干[#「干」に「ママ」の注記]いたらすぐねてしまうのよ、きょうは。
さて、お恭ちゃんも今ごろはさぞムニャムニャ云ってうちでねていることでしょう。
すこし様子を申上げるとね、月末から咳をしていて、佐藤さんに診て頂いた方がいいなどと云っていたところ、二日の日に(金)貰った映画の切符があって、佐藤さんのおばあちゃんをつれて一緒に行きました。そしてかえりに送って行ったら丁度在宅で咳が変だし顔つきが変というのでとっつらまえていやがるのを見てくれたのだそうです。そして、左にラッセルが相当ある由。
翌日、いそがしいのにトゥベルクリンをやったりいろいろしてくれて、三日に東村山へ行って、又その次の日は私もついて行って、五日に仙台へ手紙を出したという順でした。ねあせかいたりしていたのに、私にかくしていたりして。今思えば、ちゃんとわかっていて、それで自分では見当をつけていたのね、だから私にいやがられたりしないうちに、きっとうちへ相談でもしてやろうとしていたのでしょう。そういうことにならずわかって実に私たちとしてようございましたね。心持がいいわ、ちゃんとわかって、するだけのことして。ねえ。黙ってかえって夜具なんか乾したぐらいで別の人がかけたらどうするのでしょう、キンが出ているのだそうだから。私は反応が陽でしたから大丈夫ですが。
日曜以来、すっかりタガをゆるめてしまっていたので、実にいろいろ気をもみ、本当にきょうは吻《ほ》っと、よ。昨夜は、切角いたのだからと寿江子も夕飯に一緒に近所からちょいとした支那料理をとって御馳走をしてやりました。そして、おっしゃっていた半分をもたせてやりました。ちょろりとどこかへおいてのこして行こうとするので、包みの中へ突こんでやりました。かえって御覧、あってよかったと思うのだから、と云って。
上野へは白田と云って従兄で、これも目下やっているのが送りに来ていて、すまなかったと云っていました。
さっきお話したようなわけで、何だか兄さん男を下げた気味ね。どうりで、恭子が工合がわるくなったら白田に云ってくれと云っていたのだわ、初めに。いろいろ兄さんとしては可能を知っていたわけですものね。神経系統の方はうちでは大丈夫だったのは見つけものですが、イジワルがいないから、それはよかったのね。気質も明るくなったと云われたそうでした。正月かえったときに。あの子とすれば
前へ
次へ
全118ページ中47ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング