カだなとおっしゃるでしょうね、きっと。けさなんかあれでふらふらだったのよ。寿江子は、ホラよく芝居に出るでしょう、お姫様がナギナタひきずったのが。一応ナギナタかいこむのは健気《けなげ》だけれど、つまりはひきずって、はたで見ていて私がジリジリするというのが落ちで、経済上の意味でも暮せないわ。
土曜日に周ちゃんを送って目白の駅の横で自働電話を森長さんのところへかけました。そして雨の中傘さしてやっぱりうれしい心持でかえって来るナと自分の心持を思いました。
今日の気持では何だか明日午後でもふらりと行きそうな調子です。ね、面白い心持です、懐の中から詩集が一寸その美しい角をのぞかせているのよ、でも、今は又仕事だからね、ひっこんでおいで、と猫の仔を抱いているように云ってきかせて、頭一寸たたいてしまっておくのよ。
四月十四日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
四月十四日 第十九信?
まあ、まあ、どうでしょう。十日も御無沙汰! それだのに私はきょうおやと何だかびっくりしたのよ、三日の手紙よんだよ、とおっしゃったから。あら、それから私は一つも書かなかったのかしら。と。書いていやしないことねえ。手帖出してみると、三日からあとはかいたしるしないわ。何とひどい御無沙汰でしょう。しかも御無沙汰どころか、毎日云わばめっぱりこで、一寸仕事の手がとまると、すぐいろいろ考えて、いくらかクタクタ気味だのに。そういう風になるのね。正気にかえりっぱなしではないのね。余震が相当なものね、こうしてみると。大変頭疲れた気がします、もう丁度一ヵ月経ちます。
さて、面白いようなおかしいような心持についての物語を一つおきかせいたしましょう。家のこと、私はなかなか心をきめないでしょう? ひどい愚図つきかたなのよ、ねえ。寸刻の休みなく愚図ついているのだから、疲れもしようというものです。昨夜、ひどい雨が宵のくち降って、十一時すぎにははれました。私はお恭ちゃんをつれて林町からかえって来ました。開成山のおけさというばあさま、(孫の口説かいたでしょう? あのばっぱちゃんよ)が急に夜行でかえるというのでね、もう年だからといそいで土産に下駄を気ばってやって、ザンザ降りの中を持って行ってやったの。一人ではさすがにいやで、二人づれで。
すっかり濡れた足袋をはいてかえって、ゆたんぷ入れていくらか暖めて眠りかけながら又候《またぞろ》あれこれ御思案中をやっていたらばね、私ったら狡いわねえ、ふっとこういうことを思いついたの。私たちの家としてここを愛着していて、動坂だって、といかにも腹にすえかねるところがあるわけなのですが、あれこれ思っているうちに、縁側のことを考えました。この家には二階には縁側がないし、下もぬれ縁だけなのよ。縁側というものは気のくつろぐもので、縁側に坐布団出して、庭というものでも眺めたらあなたも私もどんなにのびのびするでしょう。ふっとそういう光景を考えました。私たち縁側と云えば、動坂の家で徹夜した朝窓をあけて、外の空気を吸ったぐらいのことだから、これは大変新鮮な空想なの。あなたと縁側とのつながりは。
そんなこと想っていたら、いいや、いいやと思う気持が湧いて来ました、そのときはそのときで、私は縁側のある家を見つけよう、と。そのとき、さっぱりとした縁側のある家を見つけるための根気のいい準備だと思えば、いいや、ということにしてしまおう、と、そういう狡い自分への云いなだめの口実をつかまえた次第です。勿論私の他の考える力は、そんなことではくらまされないから、何だかニヤリといやに笑ってまあ、そんな風に思って見るのも今のところわるくあるまい、と構えているという塩梅です。そんな声、こんな声。なかなか頭の中に休暇日なしです。ああいう条件、こういう条件、何か自分が一つでも気の向くような条件とさがします。
ほかに其々人のいる中での生活も、今の時期になると、或は私にいいかもしれないと。何故なら、私はずーっと自分一人の形で暮していて、お客か、さもなければ、お久さんだのお恭ちゃんだので、たった一人のひとに向って私が自分を投げかけてゆく以外はいやに私の輪廓はくっきりなのよ。そういうことは心理的に何というか事理明白すぎて、小説をかいたりしてゆく気持にとって、必ずしも最上と云えない、このことは割合心づいていたのです。そういう点から時々、チビ坊に侵入されたり、小さい女の子の手で顔をひっかかれたり愚痴をきいたりするのもいいかもしれません。
私は、随分気を張って(それはそうよ、こわいときは一番私がこわいのを辛棒しなけりゃならないから)いたのだから、ここいらでこわいときはギャーギャー云えば来て呉れるもののいるところで、暮すのもいいのでしょう。余り女丈夫になりでもしたら、あなたにすみませんから。私は益※
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