白へまわって近所へみんな挨拶をして、おばあさんを新しく紹介しておそばを配って、そしてあっちで白飯たべて、九時ごろ野菜の袋を下げて、ホーレン草の種だの肥料の袋だの、ヘミングウェイの前の作品だのを入れた包みをもって林町へかえりました。大変妙だったわ、目白からかえる[#「かえる」に傍点]なんて。足かけ五年の古戦場ですもの、無理もないと思います。そして今度は派出婦のおあいさんやあの手つだいの若い娘さんやらだけが相手で、あすこへ引越すとき手つだってくれた人々は誰一人い合わせないのも感じ深うございました。さっぱりしたものよ。却って気が楽なようで、いろいろの感情を経験しました。軸がキリキリと回るとき、何と遠心力がつよいでしょうね。一人一人の顔を思い浮べると、みんな遠い遠いところに目下暮していたり、そうではなくても生活の上で大きく変化していたりして。歴史だの生活だのの力学は、昔のひとの転変と呼んだものですね。
今は労働つづきで疲れるから全く枕につくとすぐという程よく眠ります。林町の間どり、ぼんやりとしか御存知ないでしょうね。八畳と並んで十二畳があって、この十二畳が問題の室なのよ。何しろバカに大きい床の間がある上に、間どりの関係から、うちで悲しい儀式があるときは、いつもこの十二畳と八畳とがぶっこぬきになって、神官がおじぎしたり何かして、奥は、誰もそこで暮したことのないという部屋です。
だから今度はね、私が一つコロンブスになるのよ。そこに生活を吹きこもうというわけです。あたり前に着物がちらかったり、お茶があったりする、そういう生きた人間の場所にしようというと、咲枝はあらァうれしいわ、お願ね、ユリちゃんならきっと出来るわと大いに激励してくれました。私はこっちのひろい室へ大きい本棚を立ててね、あの白木のよ。その御利益に守られて大いに活力のある座敷にしようと思って居ります。
今のようなときこそ本当の落付きがいるということ、実にそう思います。あれよ、あれよと景観に目をとられて、と云っていらっしゃるが、それさえ現実にはまだ積極の方よ。迚も景観に目をとられるというだけの余裕はなくて、あれよ、あれよといううちにわが手わが足が思わぬ力にかつぎあげられ、こづきまわされて、省線の午後五時のとおり、自分の足は浮いたなりに、体は揉みこまれて車内に入ってしまうという位の修羅です。
年鑑のこと、ありがとう
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