日と十六日のお手紙。二つ並べて、私は、さてさてどうしても封緘を見つけなければ、と思います、ハガキだと、おそらくこの四分の一よ、ねえ。それはあんまりと申すものでしょう、ねえ。
 十四日のお手紙の大森のひとのこと。ここに云われている点は十分よくわかります。積極に肯定する意味での尤もというところは云わば一つもないでしょうと思います。初めの出発が継続されなくなったということに、プラスは一つもないのは明らかね。その人にしろそれを知らないのではないのです、知っているのよ。でも、人間がある場合、正当である、という判断でだけ一人の人と共に万端やっては行けないこともよくわかりますしね。木や棒のようなひとは、私たちの生活でさえ、頭脳的なもので支えられていると解釈したり、その他もろもろの筋だけで理解しようとしたりする貧弱さですからね。人間生活についてのそういう粗[#「粗」に「ママ」の注記]朴さ、一般になかなか在ります。そして、そこから様々の行きちがいをも生じるのね。余り単純にしか心のニュアンスがないと、その一つのものにいろいろの感情を統一させてゆくだけの生活実力がなくて、却って、それとこれ、それとあれ、という風にバラバラに扱って、始末に負えないことにしてしまうのねえ。よられた糸のようであるからこそ、一つとなって切れないという生活相への叡智がかけると、たくさんの困ったことが出来ます。人の味は大切ね、最も高い内容において益※[#二の字点、1−2−22]大切です。味がどうであるかということが、とりもなおさず現実には善意の内容、表現と思考の素質ということになるのだから。そういう意味では、作品の味いと同じことですね。
 隆治さんへ本を送ること承知いたしました。お金にしてやることも。
 早起のこと。ニヤリとしてしまいました。これも一つ久しぶりに知りたいものだね、なんて、気味のわるい。
 この間うち、寝坊と顔にかいてあったのは、夜をやたらに更かしているのではなくて、いいかげんに床に入ってもなかなかあれこれと頭の方が眠らなかったからのことです。くたびれた顔していたのでしょう? でもね、その位のことはありますでしょう、何と云ったって。
 家のこと、きのうも云っていらしたように、いろいろの点わかりますが、私はやっぱりなおなお考えているのよ。たとえば十六日のお手紙に云われている、作品の生活的確実さと作家の生活
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