又候《またぞろ》あれこれ御思案中をやっていたらばね、私ったら狡いわねえ、ふっとこういうことを思いついたの。私たちの家としてここを愛着していて、動坂だって、といかにも腹にすえかねるところがあるわけなのですが、あれこれ思っているうちに、縁側のことを考えました。この家には二階には縁側がないし、下もぬれ縁だけなのよ。縁側というものは気のくつろぐもので、縁側に坐布団出して、庭というものでも眺めたらあなたも私もどんなにのびのびするでしょう。ふっとそういう光景を考えました。私たち縁側と云えば、動坂の家で徹夜した朝窓をあけて、外の空気を吸ったぐらいのことだから、これは大変新鮮な空想なの。あなたと縁側とのつながりは。
 そんなこと想っていたら、いいや、いいやと思う気持が湧いて来ました、そのときはそのときで、私は縁側のある家を見つけよう、と。そのとき、さっぱりとした縁側のある家を見つけるための根気のいい準備だと思えば、いいや、ということにしてしまおう、と、そういう狡い自分への云いなだめの口実をつかまえた次第です。勿論私の他の考える力は、そんなことではくらまされないから、何だかニヤリといやに笑ってまあ、そんな風に思って見るのも今のところわるくあるまい、と構えているという塩梅です。そんな声、こんな声。なかなか頭の中に休暇日なしです。ああいう条件、こういう条件、何か自分が一つでも気の向くような条件とさがします。
 ほかに其々人のいる中での生活も、今の時期になると、或は私にいいかもしれないと。何故なら、私はずーっと自分一人の形で暮していて、お客か、さもなければ、お久さんだのお恭ちゃんだので、たった一人のひとに向って私が自分を投げかけてゆく以外はいやに私の輪廓はくっきりなのよ。そういうことは心理的に何というか事理明白すぎて、小説をかいたりしてゆく気持にとって、必ずしも最上と云えない、このことは割合心づいていたのです。そういう点から時々、チビ坊に侵入されたり、小さい女の子の手で顔をひっかかれたり愚痴をきいたりするのもいいかもしれません。
 私は、随分気を張って(それはそうよ、こわいときは一番私がこわいのを辛棒しなけりゃならないから)いたのだから、ここいらでこわいときはギャーギャー云えば来て呉れるもののいるところで、暮すのもいいのでしょう。余り女丈夫になりでもしたら、あなたにすみませんから。私は益※
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