のね。生きているものをつかまなくては駄目だわ。それを松山さんは静的な線で辿るから何だか似ないもの、いのちのないものをかくのですね。これは大きい発見です。私のためにではなく、松山さんのために。松山さんにもう一つ、高山の本の装幀をたのみます。それは大根畑をかくのよ。いいでしょう? そのことまだお話ししませんでしたろう?『明日への精神』はああいうので私らしい溢れるたっぷりさがないから、高山のは大根畑の土の黒々としたゆたかさ、葉っぱの青々とした大きいひろがり、ひょいと一本ぬけ上って生えているのがあったりして、冬の大根畑は日本の豊かさのようです。それをかきたいの。只、色の工合でどんなになるか、スケッチ風のところに濃い色をさっぱりとつけるという風なのもいいということになりました。只私は赤い色が好きなのに、大根に赤いところないから唐辛子でもくっつけたいけれど、大根畑に唐辛子はないのでね、閉口中です。大根一本、唐辛子を添えて、とまるでお香のものを漬ける前のようなのもこまりますし。
 ところで、病気の人というのは何と敏感なのでしょう。竹内てるよという詩をかく女のひとは永年病気なのですが、私の本をよんで、
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