味は非常に濃やかで且つ複雑で、自分としてはこういうテーマとして、今日かける面からの扱いとして、不満でありません。「日々の映り」のなかでは割合現象的にしか扱われていなかった乙女の後日の姿も、「朝の風」の中ではもっと深められて、単にサヨの重吉に対して抱いている感情との対比という範囲よりふかめられました。一番終りはサヨの妹が赤坊を生む夜あけ、ついて行ってやったときの場面。無事子供がうまれ、高い産声がしている。丁度朝になった時刻で、サヨは電話室のよこの中庭に露のおりている石菖の鉢を見ていると、どこからかラジオ体操のレコードがきこえて来ます。そのメロディーはサヨが重吉と結婚して間もなかった頃、初々しい朝の目醒めのなかできいたものです。そのメロディーを運んで来た朝の風は、二人の体の上をもとおった。サヨは今のよろこびに通じるそのまじりけのないよろこびのために涙をおとす。そういう心持が終りです。大変深いよろこびと安心と乙女への憐れさとこの涙と、透明な清冽さのなかになかなかニュアンスがあります。詩的です。リリカルであって精神の力に貫かれたものがあります。
こうして、爪先一分ばかり、前の作品を抜いたわけ
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