る、それは手答えのある感情の動きですから。対手を対手として見る上での感情ですから。
悲しさという感情について考えます。これもそこには涙の溢れる余地があって、涙の中にある和らぎが予想されます。
この絶望ではない沮喪の感覚は何と表現したらいいのでしょうね。
静かな深い深い惨酷は何と音もなく、而も思いかえす余地もなく惨酷でしょう。
今年の初めに、初めて同じような沮喪の感覚を学びました、その折のことはちっとも話しませんでしたね。それはこんな会話なの。「××ちゃん、あれがかえって心変りしたとき困るから余り世話にならんことで。こっちから世話にならんことで。」
笑って床に入ったけれども、非常に思いがけない言葉でしたから、その言葉は耳の中から消えないのよ。夜が明るくなる迄おきていました。大変奇妙な経験でした。けれども、こんなテーマはテーマの本質をとらえているものの間で話題になるべき種類のことではありませんから、私は黙っていたわけでした。
本当に変な心持ね。「ようして貰うから、まさか云えん」というようなことが、自然に一方ではっきりと考えられているというのは。
林町のものに向って私は、昔から
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