いないのでしょうと思うのですが。どうでしょうかしら。全体的に云えば。
所書のちがったお手紙二つ。どうもありがとう。五月十五日のと六月二十五日のと。生活というのは何と面白いでしょう。この二つの手紙のうちにある天気の工合、そして、三十一日のなかにある風の吹きかた。そしてこんな風も、やっぱり五月十五日のなかに云われている水をかけたり、陽にあてて暖めたり、手入れのいい植物を大切に思う、その一つのあらわれであるということも。たとえば月曜日に私がその上に漂うような心持で、目をまわしながらうっとりとして歩いていたその気持と、水曜日やきょうの気持の変化。そして、そんないろいろの気持の断面がチラリと見えるきりで、見えた断面に一日の気持が、多く支配されるというのは、私たちの独特な生活の条件ですね。こういう光景は非常に趣が深いわね。同じ詩集の中の描写でも、泉の上に太陽は出ているのだけれど、すこし風立っていて、すこし荒っぽく樹の梢がふかれる風がふいていて、雲が飛んでいる。泉の噴水は、いつものようにおのずから溢れてふき上げながらその風で漣立って、水の頂きを風の方向にふきなびかせられている。秋の情緒ですね。美し
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