はしない。皆色をなしてね、意見らしいものが出ると、同先生が座長に自選していて、そりゃ、君いかんよ、と意志表示をするのですって。さすがに若いものは正直だから静岡のは席をけってかえった由。文学をつくる人間のうつりかわりは案外こういうところからです。これも歴史の面白き有様。
 せっせ、せっせと掘る。どうだ上手に掘るだろう、気づいてみたら、頭の上はるか土がうずたかく、外の景色はいつしかうつりにけりというようなスピードですから。
 戸塚夫妻は蓼科高原に御逗留です。ここにも一つの笑話があるのよ。蓼科は日本で只一ヵ所海の気流に左右されない真の高原地帯なのですって。実に療養に理想的空気で、しかも坪五十銭で十ヵ年契約で土地をつかえるのですって。
 もうこういえばおわかりになるでしょう。あらホント? と、のり出した私が何を考えたか。十坪住宅のことは頭から消えて居りませんものね。私たちの想像力は旺盛に動き出して、そのような空気の中で安らかそうに体をのばしているひとの姿まで見えます。だって百坪で五十円よ、たった五十円よ、五百坪で 250 よ。
 そしたら、稲ちゃんの手紙でね、夏しか住みにくくて、その夏には四五千の都会人士がつめかけて、名流人の御別荘|櫛比《しっぴ》の由。ハアハア笑ってしまった。だって、五十銭ときいて私たちがハッとするころは、もう何年も前に人が行くだけ行ってしまっている。ハアハア笑って、又忽ち行雲流水的風懐になりました。芝のおじいさんのところのことなんかで、私はよけい注意をひかれたのでしたが。フーフーいって仕事している間に、そこまで時間と空間とのひろがった想像まで働かすのだから私もどちらかというとまめでしょう?
 林町はあの食堂が北向でさむいので、南の客間を食堂居間にして、上成績です。行っても家庭らしくなりました。日光もあって。私は、十二月に入ったらこの部屋をすこし模様更えして、茶の間のタンスを四畳半に入れます。ひとの来る部屋にそういうものをおくと不便ですし。二階はすこしゆとりをつけたいのです、ベッドを四畳半へおろして。只ここはおとなりの台所にくっついていて、すこしやかましいのが欠点だけれど。そして、ひる間一寸休むにこまるわ、いろいろ思案中です。きょうから玄関にはり紙をして、午後でなければお客おことわりにしました。藤村はいやな男ですが、「夜明け前」を七年かかって飯倉でかきましたものね。あのときは一切人に会わずで。私たちにそれは出来ないが、しかし、粘るところは、ざらにない力です。そういうところのよさは学ばなければ。蓼科へ行って秋声の伝記かくのだそうですが、『文学の思考』の序文が与える感想とそのこととをてらし合わせ、私はああはしまいという思い切です。勉強勉強と思うのよ。うちにねばって、休むこともうまくやることを学んで、勉強勉強と思います。原っぱへ行って休んで来て、それでいいと思うのよ。美しい詩集からいつも新鮮にされるよろこびを与えられながら。
 そういうようなわけですから、どうぞ私の殊勝な志をめでて詩集についての物語も折々おかき下さい。
 でも、今ふっと考えて奇妙なことと不思議に思いますけれど、あの詩集の中に冬のつめたさはつめたさとして一つもうたわれていないの、面白いことね。「濃い晩秋の夜の霧に」という題の覚えていらっしゃるでしょう? 遠い野末に見ゆる灯かげという句のある。そして、女主人公が、その野霧が次第にうっすりとする街へかえりながら、自分が不器用で、才覚なしだったものだから、のぞみのよこをただとおってしまったことについてのこりおしく思って歩いている心持をうたった詩。平凡のようだけれど、真情からうたわれている詩。あれだって、ちっとも寒さとして描かれていないし。「ああ、この冬は春の如く」は勿論のことですし。冬のさむさに凍らないあたたかい詩はいい心持ね。あたたかく、丁度程よく心をしめつける詩の風情の味いふかさ。
 でもね、私はこうして詩のいろいろの味いを思い浮べると、小説のこと思わずにいられなくなります。いつかも書いたようなテーマの展開の素晴らしさを。
 私には大変詩がいるのよ。
 おっしゃっていた小さい岩波の本近く手に入りますの、そしたらすぐよみましょうね。金曜日まで、まだ当分ね。火、金というのはなかなか間があるのね。今夜はこれからお風呂に入り、眠ります、早いけれど。そして、あした朝早くめをさまし、よ。ではね。

 十二月七日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(第十回龍子個展より「真珠潭」の絵はがき)〕

 多賀ちゃんのお土産買いをかねて、明治大正昭和插画展をいそいで最終日に見にゆきました。いろいろ実に面白く思いました。插画しかかかない插画画家というものは何と低い限界で終始しているでしょう。そのわきに川端龍子の個展あり。この風景は面白うござ
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