うたわれていて、ふきならす音は冴えて笛がふくひとか、ふくひとが笛かという恍惚を単純な言葉のなかに溢れさせています。「われもうたびと、その笛を」といのちをうちかけてゆく姿は何といいでしょう。
私は自分ではたった一つの詩をかいたこともないけれども、詩のわかることにおいては、そこいらの詩人の比でないとひそかに持するところもあるのですが、いかが? そして、あなたがどんなに詩を知っているのかといったら、おどろく人もあるだろうと笑えます。ああ現代の散文の本質はそこまで来ているのにねえ。評論の要素はそこまで活々として多彩であるのにねえ。評論はただ理屈の筋でかくものだと思っているバカ、バカ。もしそういうものならば、どこから私は評論をかく感情の必然をもっているのでしょう、ねえ。その必然の詩の精髄が分らないから、つまりひとは私をまるで知らないということになってしまうわけです。
あなたはまだ足袋をはいておいでですか。きのう、ある女のひとでずっと反物を買っているひとが来て、あなたによさそうな紺ぽい単衣を見つけてホクホクです。羽織の下におきになるようなの。
セルのこと、きょうおっしゃったって? 急にあつくなって、単衣まで急行? ネルの長襦袢があつぼったいのでしょう。きょうメリンスの半襦袢お送りいたします。ネルをおかえしなさいまし。私ももう羽織を着て外は歩けなくなりました。すぐ夏ですね、素足の季節ですね。ああそれからこれは多賀ちゃんが、あなたに云おうとして云えないことですって。いろんなひととよくよく見くらべて、この頃私がほんとに奇麗と思うのですって。めでたしめでたし。
五月三日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
五月三日 第三十一信
けさ、二十四日づけのお手紙、やっとやっと到着。こんなに永くかかってつくのに、間で殖えて二三通にもならないで、やっぱり一通の姿でついたというのは、甚だ私としては不本意な次第です。
いろいろとありがとう。パラパラ生垣の速達のこと。緊急動員の方は一向さしつかえはないのですから、どうぞ御心づかいなく。私があれを云ったのはね、パラパラ生垣そのもののことです。こんな風にめ[#「め」に傍点]のつまったのがほしいからというだけ。白藤のひと気の毒です。この間午後ずっと居ていろんな話をしました。主人である人は、和歌や俳句をやったり本をかいたりするのだけれど、大酒毎晩で、病室のとなりが食事部屋で、そこでのんで唄って踊るのですって。そして細君はそれをつらく思って、「この間も私に出てゆけっていうわけなのかしら」と私に相談しました。或は「別の家をもつようにすすめろというわけなのかしら」と。だから私はこう云ったの、「とにかくさわぐにしろ、家でさわぐというのは、やっぱり家に対して、妻に対して自分の義務を感じているとも云えるので、今時の男が本当に何かやりたいと思って、一々女房の許可を得てやるなんて甘っちょろいものではないのだから、こっちからそんなことにさばける必要はない。したいことはしているのだから。只もう三年もの病人で、それは気もむしゃむしゃするのだろうからよく劬《いたわ》って、互につらいところをしのいでゆくしかないでしょう」と申しました。この夫婦は不幸な夫婦なの。しかし、はっきりわかれず一緒にいる以上相せめぐのが習慣で暮すのは、やはりひどいことですものね。でもこのひとの話からも私は本当に結婚生活における女というものを考えます。私たちの友人たちの間でも、GさんにしろHあたりへつとめ口をさがして行ってしまったのは、やはり妻になった人が永い病気になったためです。一緒に暮せない。経済上の負担はある。いろいろ苦しいのでしょう、そして行ってしまう。良ちゃんだってやはりそのことがあります。稲ちゃんとよく話すのですが、女のひとはそういうことからも病気が不幸の意味を深めて来るのね。女ばかりと云えず男もいろいろあるでしょう。女からそうされる場合。でもやっぱり一般からは女の場合が率が多いのね。
柳瀬さんのあのエハガキの水屋ね、あれが届いて、今右手の鴨居の上にかけて居ります。今頃の北京郊外ね、緑の色がいかにも新鮮で、画面は梢の緑、土の柔かい茶、家の灰色というさっぱりした配色です。ねだんはまだ不明。この頃いい絵が見たくて。すこし暇になったら上野の博物館へでも久しぶりで行って見ようと思います。この部屋の額と云えば、机に向って正面の左手の三尺の壁のところに原稿紙にかかれた字がかかっているの、知っていらっしゃいますか? あのスケッチにも入っている筈です。リアリズムの創作方法について書かれたもののうちの一枚です。6という番号が余白にうたれていて。この部屋へ入るひとは友達ではごく近い四五人きりです。ダイジダイジなわけよ。
着物のこと、気候の不定なとき私も気が
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