です。湿布して横になって居ります。食慾もあるから大丈夫。ただアスピリンをのむから、胃をわるくしなければよいと思って居りますが。三四日したら直るでしょう。それまではマア、ゆっくり休んでいることです。一粒ハリバの話したら、「うちはまだマーガリンではないバタをたくさんたべているのだからよかろう」と云って居りました。「痛くてホームシックになって、すこし泣いたかい?」ときいたら、「ちっともそんなことはない」って、十八のとき広島へタイプの稽古に行っていたときは、夜よく家が恋しくて泣いたそうですが。
大体この頃気候がわるいのね、寿江子はすこし調子わるくて、十時就寝励行(!)の由です。やっと、早ねの効験がわかったか、と私は大威張りです、はじめの頃、私が夕飯すむと、もう何となし寝る時間を気にしてそわそわしていたのを、寿江子は大分嘲弄いたしましたからね。「結局眠るということが大切だ」と云うから、「そうやって、お前の生意気が段々なくなっておめでたい」と、これも大笑いでした。
前の手紙に一寸かいたし、おめにかかって云っていたように今度は大車輪を、私としてはうまくしのぎました、もうこれで、これからやります。昼間を私は好きだしつかえるのに、昼間を十分いかさない法はないし。私の徹夜廃業が、この間うちの条件で実行されたのはやはり、徹夜廃業が身についたのね。その代り毎日いくらかずつ仕事をいたします。ダーッとやって、ダーッとやすむ式でなくなる傾向ですし、これは大いに良好な傾向です。
お手紙の小説のこと、全くそうね。小説というのは変ね、本当に。この頃の小説は、しかし小さき説をなす類さえ少い次第です、只話している、或は喋っている、そういうのが多いし、そういうのが迎えられます。
写真のことも、やはりいろいろと可笑しい、だって私は十二月初めからこの間まで、あれがそこにあるということで心をなぐさめられていたのですもの。可笑しくて腹立たしい心持です。赤子《アカコ》のはね、まだとってないのです、とりたいと思うし、そうしたら、どうしたらいいでしょうね、というわけなの。太郎とアカ子といろんなところでとった写真をおめにかけたいと思います、あの門、この門、この道、というようなところで。きっと面白くお思いになるでしょうと思って。
起床のことは大威張なのですけれども、読む方はペコペコなの。二月は50[#「50」は縦中横]頁。三月に入ってからは迚もで、やっと十三日から、まだひどい貧弱ぶりです。決して逆転してしまうことはないのです。でも、どうぞどうぞあんまり眼玉をグルンとお動かしにならないでね。身がちぢむからね。こんな肩身のせまい思いをする気持、あなたはお分りにならないのでしょう、くやしいぐらい、ね。
きのう「ユリは丸くなったねえ!」と仰云ったには、本当に恐縮しました。うちへかえってもハアハア笑いました。だって私はこの何年かの間に徐々に徐々に丸くなって来ていて今更おどろかれたというのは全く仰天ものでした。でもね、私は大笑いしつつ面白く思いました。だってきっときのうはそんなこと、ハハアとお思いになるぐらいどこかのんびりだったのね、きっと。顔ばかり見て、用事用事ではないところがあったのね、いくらか。
そんなにホホウとお思いになって? 誰をか恨まんやですね。本よみのことで、こんなに肩身せまがったり、こんなに忙しがったりして、それでも痩せる方へ向かないというのは、よくよくのことだから、どうぞあなたも御観念下さい。隆二さんをやとって「はしきやし丸き女房もまたよかり」という和歌でもつくってもらいましょうか。「またま、しらたま、かくるとこなし」とでも。
小説のことになるけれども、この頃はあなたも又改めて通俗小説のフィクション性をお思いになるでしょう、私は痛感します。現実の発展を偶然にたよるということが、フィクションの法則みたいに云われているが、それはまだしも素朴な部ですね。偶然にもあり得ないことを、必然のようにつかってテーマを運ぶのだから、通俗に堕さない文学上の判断というものが、何と大切でしょう。
文学のこういうことに関して、どうせ門外漢には判らない、となげすてることで、一応文学の専門家と云われる人々のフィクション性をバッコさせるのですね。現実を現実として見てゆけば、作品のフィクション性から真のテーマのありどころが、やはりわからないことはないのですから。そういうことでもいろいろ深い感想が刺激されます。小説家が過去の範疇からよりひろいものとしてその常識上のカンも発育させるということは、何と大切なことでしょう。現実の真を見ようとする熱意の及ぼすひろさということも考えます。
長篇の準備は四月に入ってからです、尤もあれこれ折にふれてはこねているけれども。私は何か気持のいい作品がかきたいの。清潔
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