自分の心を、満足にも思い些か残念とも思っている次第なのですもの。
太郎へのお手紙、すっかりよみましたそうです。ヤス子はまだ余り小さくてあそび相手にはならないので、私が、あすこをよんで、「でもヤスコは小さくてまだ遊べないね」と云ったら「キットモットオッキイと思ってるんだネ」と云っていました。太郎も返事をかくそうです。この頃幼稚園でぬり絵をやります、印刷した輪廓に色をぬるのですが、色感がよくて面白いので、かざったりしています、あの位の子の絵はなかなかおもしろい、小学へ入ると凡化します。太郎は今はオンチなの。歌は下手。ですから、絵を着目されている次第なのです。あか子は、大分真白がましになりましたが、余りおっとりしていて、すこし心配な由です。成程そう云えばそういう表情よ。美しいし可愛いしいいのですが、パッチリしたところなく、春風|駘蕩《たいとう》で頭の中もそうかもしれません。「はしきやし」はいそがしい最中で、とても色紙買いにゆけず、そのままです。いずれかいてやりましょう。
明日はおめにかかりにゆきます。それから多賀ちゃんの黒子の医者へつれてゆきます。一人でやると、どうも心配で。それから病人を二人見まわなければなりません。もうもう宿題なの。そうしているうちに又仕事がはじまりますから。この三四日はそんなことをして大いにのーのーとして休みます。風が激しくて、いかにも三月ですね。外へ出るのは困ること。三月の風は「第四日曜」の第一章からあらわれます。けれども、今年は大助り、多賀ちゃん、竹スダレのことお話しいたしましたろう? あれを二月十三日の分としていただいたのよ。二間一杯に下げると、光線が眩しくなくて大助りです。八月に冨美子が来れば、私は二階で一日くらしますからその用意もかねて。車がついていてね、糸でスルスルと巻き上る竹スダレの下から、まんまるなお月様が遠いむこうの屋根を眺めるという風流な姿を御想像下さい。
今多賀ちゃんが、洋裁のところをしらべてかえりました。四月五日から、月水金、いいでしょう? 私は火木土ですから大変いいわ。場所は目白の通りの左側の角の古本屋の横入った右側、下落合一ノ四三七というところで、歩いて五分とかいてある、マア七八分でしょう、でも、これならば歩いている間にバスがひっくりかえったというこわいこともなくてようございます。速成科を四ヵ月やって、あと九月一日から又その上の課程をやります(研究科か裁断科か)そしたらこの年いっぱいでいくらかまとまりましょう。自由科というのもあって、それは回数券です。井上英語スクールと同じシステムですね。これにきまって私も大安心です。四月五日からのが丁度月水金の組で本当にうれしいこと。そうすれば二人が交互ということになりますから(大体)いいこと。稽古の方は九時―四時。これもいい時間です。家じゅうしゃんとしてやれてようございます。小さい女の子はそれこそ三月第四日曜日ぐらいに来ますでしょう。一寸した郵便局のおつかい、八百やへの使い、御飯たくこと、そんなことから段々なれれば大いにようございます、大森の方の子ですから、都会の生活には馴れているわけです。どんな子でしょうね。のんびりとよく大きくしてやりたいと思います。いろんなことを覚えさせて。多賀ちゃんも可愛がってやると楽しみにして居ります。
お母さんのお砂糖、やっぱりこちらも一時に買えず、買いたまりましたから、きょうお送りいたします。ああ、読書の恐ろしい顔の天使が、右の肩から私をのぞきます、暫く御無沙汰していたからよ。何と嫉妬ぶかいのでしょうね。では、どうぞお大事に、本つきましたろう?
三月十五日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
三月十五日 第二十信
十一日づけのお手紙、かえったら来て居りました、ありがとう。きょうは、退屈したダルマが手をのばしたり足をのばしたりする絵があるでしょう、ああいう工合で落付きませんでしたね。
音羽へは今夜参ります。片方は留守。「奥様は?」「お留守でございます。」これも夜かけて見ましょう。
かえりに目白の市場で多賀ちゃんののむアスピリンをきいたら、思いがけずバイエルのがあって、六粒七十銭。それでも大いに助りました。座骨神経痛というのは風邪とともにおこるものだそうです。気がつかないでいて、いつか風邪をひいていたのね。昨日は、和泉橋へ行くときからすこし妙だったのですって。スーンと走って痛むのでクサレがひろがるのかと気を揉んだのですって。大笑いしてしまいました。夕飯のあと、私はそれは神経痛だから暖めて横になればいいだろうと云っていたけれども、まるで不安な顔つきをしているので、不安で安眠しなかったりするといけないと思って、佐藤さんに来て貰って、どこか押して、はっきり座骨神経痛と云われて安心してよく眠ったよう
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