ていなくて。あの人はああいう雑な頭でしたか? では又ね、きょうは、お礼よ。
十二月十四日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
十二月十四日
きのう十一日づけのお手紙、そしてきょうは十三日の朝の。ほらね、やっぱり笑えたでしょう? 本当にいい心持ね。何とも云えず愉快なところがあって、からりとして、ぐっすり眠るところがあって。何という知慧者でしょうと三歎いたします、しかもユーモラスであって。ねえ。いいわねえ。情はひとのためならず、と昔のひともわかったことを云ったものだと思われます。
あなたのところにもある快活さ実によくわかります。笑えるという、その目元、口元まざまざと。リアリストであるということは何と幸福でしょう。
よろこびのいろいろなニュアンスが重ねられて、生活の美しいかさね色がつくられてゆくということを考えました。たとえば、長詩の五版連出の面白さ、たっぷりさ、うれしさ、独特でしょう? それとは又違った散文の表現で、しかもバーンスの詩に近いような生活力の溢れた作品での面白さ、たっぷりさ、闊達さ。この闊達さこそ、何かこの傑作の精髄ね。二人を笑わせよろこばせる骨頂ね。
そして又考えるのは、表現の手法の可能の上にある男の芸術家としてのちがい、女の芸術家としてのちがいの天然の面白さ。本当にそれを思います。表現の可能を逆においてみて、女性の芸術家の闊達性が同じ表現に近い手法をとったら、読者としてのあなたはどうお感じになるでしょう。こんな爽快な笑いがあるでしょうか。そうではないと思うわ。きっと心配なさるでしょうと思います。破れた(何かの均衡が)形として感じられるでしょうと。そんなところにある表現の差、微妙ねえ。何と微妙でしょう。女性の芸術の闊達性が、さすがのユリもという表現で出て、健全に明るくあり得るところ、面白いわね。ここのところ千万無量の面白さ。何か本当の男らしさ、女らしさ、その美しさ、自然さというようなものの意味で。女を女らしくあらせるほど男の充実した男らしさの面白さ。
ぷちぷちと小さくうれしく湧き立つような心持があって、私は血液循環も爽やかに大いにがんばりのきく気になって居りますから本当によかったと思います。実に適切な読みものの選択でした。思念的なものでは全くだめな状態であったということが一層はっきりするようです。ああ些末主義をリアリスムと考えている
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