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十九日のお手紙。二冊の本のこと承知いたしました。送ります。島田のお母さんのおつとめのこと。冬はお出にならないつもりだそうです。どんな風にくり合わせなさいますかしら。背戸の家の大きい柿をいりこと送って下さいました。この間の羽織のお礼ね。美味しい柿。あなたは森本というその家を御存じかしら。ハワイからかえった人が今の主人で、薄肉色のソフトなんかかぶって、麦かりをしているお爺さんです。その娘さんやっぱりハワイ生れ、ハワイ育ち、とこやさんです。ところが、一二年前すこし気が妙になって、今はしかしいい婿さんもって落付いているそうですけれど。そこの柿よ。五銭ぐらいのよし。東京では二十五銭ぐらい。
この間からずっとくりかえし連続しているお手紙、実に実にいろいろよくて、私の餌じきのようよ。しかも、そこには数行のやさしい詩の響も交って。私はやっぱり折々大変詩をよみたいと思います。
ああ、はじめの方にかいた女の作家たちの動きについて、あれでは何が何だか分りませんから、もすこし補足すると、文芸家協会が中心になって、十二三の文学団体をあつめ、各※[#二の字点、1−2−22]二名ずつ委員を出して文芸中央会というものをこしらえました。私は文芸家協会員、評論家協会に入っているから別にどうということはないと考えていたら、そこへ一つの婦人団体の代表として入っていた長谷川時雨(もとの『女人芸術』、今の輝ク会として)に対し、もっと他に代表を出してくれと云ったらしく、(その理由としては、彼女が余り文学的でないので、)そう云われると、自分がものをかくものとしてオミットになることをおそれたらしい様子で、円地文子その他を動して日本女流文学者会というのをつくり(今活動しているようないろんな文筆家みんな入れ、山川菊栄から小寺菊まで)その会のとき、皆投票して、円地文子と吉屋信子とを新しい代表にして、やはり幹事には自分が止っているという方策をあみ出したわけです。
私の知らなかったうちに稲ちゃんも文子さんから相談され、別段バタバタするに及ばないということになっていたら、急に別な部分を動してそういうものにしたわけです。そこは立て前として、文学に対する非文学性を否定することや婦人や子供のことに対する真に文化的な助言をし批評をするところということになったそうです。(発企人会へは出ませんでした)
吉屋、山川というような
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