後は空白となっている、ということ、ね。ここにはいろいろ興味ある問題がふくまれていると思いました。書き直すとき、作品の箇々をとりあげて行ったら、その欠けたところが補足されるでしょう。補足される部分の作家たちは、一貫した流れの努力というような明瞭な区分で自分の見られ語られることを決してよろこびません、『はたらく一家』の序文をわざわざ広津にたのむようなもので。それに対して、筆者は不満をもっています。(あの文学史の)それを努力のうちにかぞえる気もせず、いろいろで、妙な文学に対する評価の客観性のなかに底流としておのずから存続する文学感覚を生かそうとしたのでした。しかし、それはやっぱり一つの声をのみこんでいる結果になるのですね。そこいらのことが大変有益でした。どうもありがとう。学ぶところがあります。のみこんでしまわず、必要な点は皆掘り出してちゃんと組立てるということ。「のみこんでしまう」という現象にはやはりある衰弱があるわけですね。ここいらの心理もいろいろと面白うございます。
これはやがてあと書き足して本にするつもりですから、よく又研究して手を入れましょう。それにつけても勉強勉強よ。そう意気地がないわけでもないでしょう? 出来得べくんば、私はほんとにイクジなしのおだまやちゃんとなって見たいところもあります。あなたは大した遠い思慮がおありになるから、ずーっと先にマリアだったかソーニャ・コ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]レフスカヤだったかの伝記について、彼女がもっと甘やかされなかったらもっとよく成長出来たろうのに、とおっしゃったことがあったの、覚えていらして? 何年も何年も前のこと。彼女たちは可哀そうに、可愛がられるというより甘やかされ、その相異を知ることは出来なかったのです。私がその相異を会得しているところがあるとすれば、それは大した仕合わせでなければなりません。晶子の歌集が岩波文庫で出て、それをみると、妻としての思い、妻としての扱われかたが考えられるものがあります。きょう私は爽やかそうでしたでしょう?
では二十日まで。手紙かくの、行くだけの時間はたっぷりかかるのよ、御存じ?
十一月九日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
十一月九日 第七十六信
七日のお手紙をありがとう。十五日の手紙未着の分については、申上げたとおり願います。
きのう『白堊紀』[自
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