の関係で。そらそらとそれに並んでのっかって待っていると馬車はなかなか動き出さず。「もう何分です?」「サア四十七分ありますね。」四十七分て永いのよ。そこでわきを見たらタクシーがあるので、それにかけあって、二十五丁のところ一本道をゆきました。
 そこに市民農園というのがあって、風致地区で空気が軽やかでいいのですが、そこの芝生へ坐って、さてやれと、おべん当をたべました。まわりにすこしばかり貯金局のグループが来ていてキャッチボールなんかしていて、閑静なの。やや暫く芝の上にいましたが、もう芝の下の地の冷えが感じられます。それから、心覚えの道を原っぱの方へ歩いたら、好きだった小高い芝山のところが、すっかり分譲地になっていて、小さい家が建っていて、ワイシャツにエプロンというような二人が落葉を燃いたりしているの。それらの小さい家々は日光で煙を立てそうに照らされていてね。あっちへ行ってはつき当り(ゆき止りで)して相当歩いて、かえりにはうまく馬車をつかまえてポカリポカリかえりました。三時前に、牧瀬さんという友達(メチニコフくれた人)が練馬の方に家をもっているそこへ三人ぐるみよって、おなかの大きい菊枝さんは大体坐らしといて、二人の女丈夫がパタパタやって皆で御飯たべ、九時頃眠たアくなってかえって、すぐねてしまいました。天下泰平。
 きのうは座談会の速記の校正して、下で『婦公』の小僧さんが待っているのに岡林さんから急に相談したいことがあるとかかって来たので、びっくりしました。あんなことでようございました。
 そして、思いがけないうれしいこと伺って。本当に本当にうれしい気持です。私は上機嫌よ。そして安心いたします。つまり一番はっきりした形で、現代の一般のマキシマムと私としてのプラスとマイナスが示されているわけですから。そして、もしかこのことはあなたにとって幾らか愉快ではないでしょうか、こうやって書いているもののうちにある響きが、やはり変質されないで、ほかのかきものの中にもつたわっているということが。そういう意味での感情に統一のあるということが。それが、どんな価値と性格とであるかということも。
 近頃他のものも御覧になったから、それらのもっているものとの対比も面白いでしょうね、きっと。非常にちがうところがあるのよ、それだからうれしく又苦しいのよ。わかるでしょう? 私たちはまともな資質だから。或る
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